1話 初めての男

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1話 初めての男

 柴田尚志(しばたひさし)は空港にいた。  ピアスだらけのいかつい男は、シャープな造りの顔を普段あまり見せないような不機嫌に歪め、椅子に座ることもせずに突っ立っていた。鍛え上げられた肉体美が目立つ季節、8月の頭だ。  普段は二輪を転がして移動することが多い尚志も、本日は四輪だ。兄の尚弥(しょうや)に付き合って、こんなところに来る羽目になった。  薄着の尚弥は、突っ立っている尚志の隣で椅子に腰掛けている。上から覗き込むと、目のやり場に困る胸の谷間がきらきらと眩しい。だがむしろ尚志にとってこれは邪魔な異物でしかない。巨乳だろうが美乳だろうが関係ない。 (偽乳……暑そう。重そう)  そのたわわな胸が天然物ではないから、というのが理由ではない。本物だろうが贋物だろうが、それは本人の自由だ。 「じろじろ見なーい」 「見てねえけど」  本当は見ていた尚志は、ばつが悪そうに顔ごと目を逸らし、人の流れに視線を移した。これからバカンスに出かけるだろう家族連れやカップル、あるいは尚志たちと同じように誰かを出迎えに来た人などでごった返している。 (なんでこんなとこ来てんだ俺)  描き途中の絵があるのに。  尚志は美大生で、今年でハタチになった。  駄目出しに駄目出しを重ねた末に、先日学生ながら絵本の絵を担当するに至ったが、まだ発売されたばかりだし、周りの評価はよくわからない。  けれどそういうのは関係なしに、尚志は好きなように描く。  文章は高天原未雨(たかまがはら みう)という、名の知れた小説家だ。  生憎尚志の恋愛対象にはならない、年齢不詳のロリータだった。  描くのが楽しいから、描く。  一見体育系の素晴らしい肉体は、そのパワーを持て余すかのように、比重の軽い絵筆を持つ。  同性でも惚れ惚れするような逞しい筋肉はしかし、過剰につきすぎるわけでもなく絶妙なバランスを以って柴田尚志を作り出す。その皮膚にはいくつも銀色に輝くピアスが貫通していて、威圧感と言ったら多少語弊はあるものの、絶大な存在感を世の中にアピールしている。  色の抜けた短髪に、端正な顔立ち。しかし尚志が自分の顔の中で一番好きなのは、唇の下にあるラブレットだった。円錐形のピアスがちょこんとほくろのようについている。もう開けるな、と周囲に言われるほどにいくつもホールがある。  非常に目立つ男だ。 「尚志ぃ、なんで突っ立ってんの。椅子、空いてるよ」 「若いから」 「あそ。まあ、いいランドマークになるけど」  軽く笑った尚弥は、一度バッグから無意識に煙草を取り出したが、すぐにここが禁煙だと思い出したのか、手を止める。代わりに小さな鏡を取り出して、自分の顔をチェックした。美女と言っても差し支えのない、綺麗な「女」が映り込んでいる。
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