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「とりあえず、こんなとこじゃ話もできないから……」
未生は修羅場が始まる前になんとか尚人の前から映子を連れて逃げてしまおうとばかりに一歩踏み出すが、興奮状態にある映子は未生の両手にすがりつくと悲壮な顔で訴えかけた。
「あたし、好きな人ができたからってコウくんと別れてきたの。だから未生、いままでみたいな関係じゃなくてちゃんと付き合って」
決定的な言葉に頭を抱えたくなるがどうすることもできない。痛みを感じるほどの強さでつかんでくる手を未生は何とか振りほどこうとする。
「だから……最初に約束しただろ。そういうのは俺、無理なんだって」
「無理ってどうして? 未生には彼女いないし、あたしたち相性だって悪くないじゃない! お試しでいいからとりあえずしばらく彼氏になってよ。絶対後悔させないから」
たいした自信だが、残念ながらそう思っているのは映子だけだ。他人のものをつまみ食いして優越感に浸ることを楽しんでいただけの未生に、みじめったらしく取りすがってくる女は一切の魅力を持たない。
尚人に対してほどあけすけで露悪的な言い方はしなかったものの、セフレ以上の関係になるつもりがないことは映子にもことあるごとに告げてきた。なぜいまになってこんな面倒な目に遭うのか。
未生はチッと舌打ちをして横目で尚人を見る。壮絶な男女のやり取りを前に世間ずれしていない男は驚きのあまり身動きも取れないようだ。それでも未生と視線が合うと、見てはいけない場面を目にしたことを自覚したかのように、尚人は気まずそうに視線を逸らした。
映子との話を早く終わらせなければいけないし、このまま何のフォローもないまま尚人を逃がすのもまずい。未生は最短距離で要件を済ませるために、一番安易で確実な方法を取ることにした。
「あのさ、俺そういううっとうしいの本当に無理。ダメ。生理的に受け付けない」
「未生……?」
心底迷惑そうな表情にできる限りの冷淡な口調で告げると、さすがに映子が動揺した。そこにさらなる追い打ちをかける。
「それにさ、黙ってたけど実は俺ゲイなんだよね」
場違いに間の抜けた「え?」という声がステレオで響いた。
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