1.尚人

4/19
前へ
/652ページ
次へ
 眠れないままベッドに横たわっていると、明け方に栄がシャワーを浴びて出ていく音が聞こえてきた。午前四時過ぎ、帰宅時間を考えれば仮眠というにも短すぎる。さすがにあれだけ釘を刺された後なので起き出すことはせず尚人はベッドの中で息を殺していた。  それからしばらくうとうとして、尚人は八時過ぎに起き出す。もちろんベッドサイドのカレンダーにチェックを入れることは忘れない。  途切れ途切れだったセックスが完全になくなって一年近く。ぎりぎり二十代のカップルにとってこれだけの期間一度も性行為がないのは、さすがに普通ではないような気がする。ただし元々こういった話題が得意でない上に同性カップルということもあり、尚人は誰にもセックスレスの悩みを打ち明けられずにいた。だから自分と栄の関係が普通なのか危機的状況なのかすら判断がつかない。  自分は男の割に性欲が薄い方だと思っていた。大学時代に付き合うようになった栄が初めての恋人で、男女含めて栄以外と体を重ねた経験はない。「超草食系男子」と友達からからかわれるほど奥手で、栄との関係でもほぼ受け身に徹してきたし、自分からセックスを求めたことは一度もない。行為が頻繁だと負担を感じるほどだった自分がセックスレスに悩もうとは、想像もしなかった。  体の渇きを覚えたのは行為の周期が一ヶ月を超えた頃だったろうか。当時も栄は仕事で忙しくしていて帰宅は終電間際になるのが普通だった。だが、学生時代からの夢を叶えて中央省庁でキャリア官僚として働く栄の言葉の端々には仕事への熱意があふれ、尚人の目には疲れよりも楽しさが勝っているように映った。だから、そんな栄に自分を優先するようにねだったり、こともあろうかセックスを要求することはわがままでみっともないことだと我慢を続けた。  普段よりいくらか早く帰宅した栄と晩酌をしながら観ていた深夜映画で突然生々しいベッドシーンが始まったことがある。すると栄は尚人の肩に腕を回し、耳元に口を寄せてつぶやいた。 「ごめん、最近ちょっと疲れてて。仕事が落ち着くまでもうしばらく待って」  尚人はこくこくと首を縦に振って了承した。しかしその後も栄の仕事は落ち着くことなどなく、セックスの頻度は下がるばかりだった。
/652ページ

最初のコメントを投稿しよう!

1943人が本棚に入れています
本棚に追加