夏と亡霊と裏切り者(プロトver.)

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 勢いをつけて上半身を起こした。  ――ガサガサっ。  同時に縁側の向こうの庭から、葉っぱが激しく擦れ合うような音が聞こえて、驚いた私は肩をビクリと震わせた。  野良猫、かな。  恐る恐る四つん這いで縁側に出て、庭を確認する。  目が合った。  純白のワンピース――庭の生け垣を突っ切って来たためだろう、所々に葉っぱがついている――を着た女の子だった。身長や幼さのある顔つきから、小学校の高学年くらいだろうかと推測した。ワンピースはサイズが合っていないのか、裾が地面に付きそうなほど長い。半袖シャツの袖のあたりに日焼け跡と白い肌がくっきりと分かれているから、ノースリーブワンピースはあまり着ないのかもしれないな。 「あの、誰?」  少女が驚いて大きな目をパチクリさせながら、私に尋ねた。 「それは、こっちの台詞。ここは私の祖母の家。勝手に人の家の庭に入るなんて。田舎では普通なの?」 「その……ごめんなさいっ」  勢いよく頭を下げて謝罪をする少女を見て、私は悪い子ではないんだなと思った。いや、誰も住んでいないからと言って、他人の家の敷地に侵入したのは褒められないけど。 「ここを通ると近道になるから、いつもおばあちゃんに通らせてもらってたの」 「ふうん。近道ねえ」  少女の出てきた生け垣を見ると、その部分だけ獣道のようにパックリと開けていた。よく子供たちが通るために穴が空いてしまっているのだろう。不用心。 「で、そんなに急いで何処に行くの?」 「あの山の麓の川」  少女が指差す方を見る。しかし、一面に山が連なっていて、どの山を指しているのかが判断できない。ただ、どの山も子供の足で行くには遠くに見える。 「誰と行くの? 友達と待ち合わせ?」 「ううん。今日は一人で行くの」  少女は平然と言った。  ここいらの子供同士では定番の遊び場所なのかもしれない。親御さんだって了承済みかもしれない。それでも、私の住んでいる街では近所の公園に行くのだって子供は複数で行くし、もし子供一人で山まで行くなんて言おうものなら、母親に止められるだろう。 「一人で、山なんかに何しに行くの?」 「龍神様の花嫁に会いに」  は? 龍神様の花嫁? 「じゃあ、みんなにはナイショにしててね。お姉さん」  龍神様の花嫁なんて聞き慣れないファンタジーな単語に呆けている私を放置して、いたずらに笑う少女は入ってきたのとは反対側の生け垣を突っ切って出ていった。 「ち、ちょっと、待ちなさいって」  財布とスマートフォンだけ掴み、彼女を追って私も生け垣を突っ切って出てゆく。しかし、子供専用の獣道は大人の私が通るのを歓迎せず、四方八方から枝に引っ掻かれ、服が引っ張られて通り抜けるのに苦労した。  少し距離の空いた少女を、いくつか服に引っ掛かった葉っぱを払いながら追いかけた。 「待ってってば」  横に並んで声をかけると、少女は少し不満げな顔をした。 「なんで付いて来るの?」 「なんでって……」  元々、彼女は一人で行くつもりだったのだから、子供一人で遠くに行くのは心配だから保護者としてついて行く。と初対面の他人が伝えても納得しないだろう。私はなんとか少女を納得させる言い訳を考えた。 「そう。私も龍神様の花嫁に会いに行くの」  半分は嘘。私は龍神様の花嫁なんて想像もつかないし、会って何の意味があるのかすら見いだせていない。でも、半分は本当。少女が親しい人たちにナイショにしてまで会いに行く龍の花嫁に興味が湧いた。 「ふうん」  納得したのか、していないのか。少女は目を細めて訝しげにこちらを見た。私はにへらと愛想笑いを浮かべるしかできなかった。 「まあ、良いよ」  少女は振り返って早足に歩き出した。  安堵の息を吐き、私もついて行く。 「あ、私の名前は吉野(よしの)紗衣(さえ)。あなたは?」 「大淀(おおよど)日葵(ひまり)だよ」  ぶっきらぼうな返事。  正面に見える山まで、何も遮るものも無くまっすぐに続いてそうな道を縦に並んで歩く。傍から見ればどう見えるのだろう。母親と子供。歳の離れた姉妹。  昔は妹とよく並んで歩いたな。決まって前を歩くのは私だった。幼いあの子は何をするのにも私について回ったっけ。あの頃は可愛かったなあ。  それなのに今は殆ど会うこともない。お正月にも実家に帰ってこなかった。今年のお盆についても、まだ連絡はない。  いつから離れていったんだろう。
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