夏と亡霊と裏切り者(プロトver.)

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 彼女は再びニシシと歯を見せて笑った。先程とは違う、陰りの見える表情。私が沈んでしまわないように気を遣っているんだと察して、心が痛んだ。 「どうして、亡くなったの?」  聞いても良いのか、踏み込んでも良い領域なのか判断がつかなくて、私は恐る恐る尋ねた。 「お姉ちゃんはね……」  沈んだ表情のまま、彼女は語り始めた。  中学を卒業すると、成績の良い男子以外はそのまま近くの公立高校に進学するのが普通であるこの村において、彼女の姉は女子ながらに本人の希望と優秀さから県外の高校を受験した。  妹の彼女は誇らしかったが、この村で生まれ育った彼女の両親はあまり良い顔はしなかった。娘が一人で遠くの学校に進学するのが心配だったのもあっただろう。  両親がそうなのだから、村人はもっとだ。大人に吹き込まれたのか、彼女の姉を裏切り者だと罵る同級生が出てきた。それでも、彼女の姉は妹に心配かけまいと気丈に振る舞っていたらしい。無理をしているのはバレバレだったらしいが。 「卒業して、街に行くまでの我慢だから」そう頼りなさ気に微笑む姉に、少女は何も言えずに傍にいるしか出来なかった。  ある日、姉のお守りが龍神様の川で浮いていたと知らせがあった。本当にお守りが川で見つかったのかどうかは分からない。けれど、彼女がお守りを失くしていたのは事実だった。もしかしたら、誰かがお守りを盗んだのかもしれないが。  そうなると、彼女は裏切り者に加えて、龍神様に呼ばれている、龍神様の花嫁に選ばれた。と責め立てられた。少女は気にすることない。迷信だと励ましたけれど、両親は他への体面もあったのだろう、諦めつつあった。  そうして、少女の姉は龍神様の川で浮かんでいるのが見つかった。少女には何も告げずに、独りで。それが龍神様の花嫁。  言葉が見つからなかった。言葉の代わりに、繋いだ手にギュッと力を込めると、少女もギュウッと手に力を込めた。  龍神様は信じていないが、龍神様の花嫁になったらしい姉は信じている。彼女が姉に会いに行くのは、きっと弔いなのだろう。 繋いだ手に水滴が当たった。  ああ、雨が降ってきた。そう思って空を見上げる頃にはザアアと大粒の雨粒がいくつも降ってきた。  一瞬で私たちは濡れ鼠のようにずぶ濡れになった。汗で服が張り付いていた肌は、洗い流されていっそ清々しかった。 「どうする?」 「行くよ。どうしてお姉ちゃんが死ななきゃいけなかったのか、生きてちゃダメだったのか知りたいから。お姉ちゃんに聞かなくちゃ」  ワンピースの首元で顔を拭い、彼女が走り出した。繋いだ手に引っ張られるままに私も転びそうになりながら付いていった。  川、というよりは渓谷。きっと雨さえ降っていなければキャンプや川遊びには絶好の場所だろう。  今はほんの数分の豪雨で水は濁り、急流に変わってしまっている。 視界が雨粒で遮られて、対岸が見えないためにどれだけ大きな川なのかもわからない。  砂利石の敷き詰められた川原に下りると、彼女は私と繋いだ手を離して、神妙な面持ちで目を瞑り、両掌を重ねて祈った。  ああ、ここに彼女の姉が……。  私も彼女に倣って手を合わせる 。どうか安らかにと。少女の見ず知らずの姉の冥福を。 『日葵……』  激しく流れる水音、ザアザアと雨粒が擦れ合って砂利石に叩きつける音の間を縫って、微かに少女の名を呼ぶ声が聞こえた気がした。ヒソヒソとした囁き声なのに、やけにはっきりと耳に届いた。  砂利石を踏みしめて擦れる音に続いて、水に足を突っ込む音。 「お姉、ちゃんっ」  私は目を開いた。  彼女は急流に小さなその身を連れていかれそうになりながら、数歩、川の中へと足を進めていた。 「危ないでしょっ。何してるの?」  雨音でかき消されて聞こえないのか、彼女は振り返らない。  急いで駆け寄り、彼女の手を掴む。 「危ないって言ってるでしょっ」 「でも、でもお姉ちゃんがそこに」  彼女の視線の先に目をこらすけれど、雨粒で霞む視界の先には何も見えない。 「誰も居ないっ。お姉ちゃんは亡くなったんでしょっ」 「でも、そこに居るんだよ。寂しいからこっちに来てって言ってる」  少女は彼女にしか見えない亡霊に向かって、縋るように手を伸ばす。私には何も見えない。何も聞こえない。  必死に叫んで川の中心に向かおうとする彼女を離すまいと、掴んだ手に力を込めた。けれど、雨で手が滑り、彼女の腕はするりと私の手を抜けていった。  追いかけようと力を込めた足が流れに掬れて、川底に強かお尻を打ち付けた。腰までしか水に浸かっていないのに、全身を流れに持っていかれそうになる。  流されないように踏ん張って立ち上がる。流れの強さにふらつきながらも、なんとか立って少女を探した。  けれど、彼女の姿は何処にも見当たらない。 「日葵ーっ、日葵ーっ」
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