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山室 静子
誰かに見送られるわけでもないのだが、静子は船のデッキで出港を待っていた。
静子の他にも何人かデッキに出ているが、皆一人で乗っているのだろうか、等間隔で離れて立っている。
静子が乗っているのは決して大型の船などではない。
観光地のクルージングにでも使われてそうな中型船を一回り大きくした程度だ。
乗客も数える程度しかいない。
しばらくすると、船は汽笛と共に陸を離れた。
港では船の整備士や地上スタッフが元気良く手を振っている。
船からは遠慮がちに手を振り返す人がちらほらといるだけで、皆、浮かない顔をしている。
さっきまで見えていた陸があっという間に遥か彼方に小さくなった。
前方にはただ海原が広がるだけだ。
船内に入り、窓際のイスに腰掛ける。
船室にも数人いたが、誰も喋らず聞こえるのは船のエンジン音だけだった。
気がつくと船の周りを濃霧が包んでいた。
先程まで水平線がどこまでも続く景色だったのに今や何も見えなくなってしまった。
ただでさえ、重苦しい船内が余計に居心地悪くなった。
それでも、他に行く場所もないので静子は仕方なく座り続けるしかなかった。
どれくらい時間が経ったのだろう。
5分くらいにも感じるし、30分くらい経ったようにも感じる。
船内に時計は無く、携帯を持たない静子には確認する術もなかった。
しばらくすると霧は晴れ、空をオレンジ色に染める太陽が姿を表した。
船内に無機質な音声でまもなく到着する旨が伝えられた。
静子がデッキへ上がるころには、目の前に常世島が迫っていた。
常世島。
地図にも載っていない、死者の島。
これから静子は三年前に病死した夫へ会いに行くのだ。
どんな顔をして会えば良いのか、会えば夫は喜ぶのだろうか、ちゃんと帰れるのか。
一抹の不安を抱えたまま、静子は島に上陸した。
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