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間宮 賢士
「どうぞ、2階の204号室」
運転手の男は無愛想に言った。
「え?」
賢士は聞き返すが、男は何も答えずドアを開けて、早く降りろ、と言わんばかりにこちらを見ている。
仕方なく賢士は車を降りた。
目の前にはアパートが1棟あった。
一人暮らし用だろうか、こじんまりしていてお世辞にもキレイとは言えなかった。
「2階の204」
運転手はそう言っていた。
ギィギィと軋む外階段を登る。
賢士は抜けてしまわないか心配になったが、なんとか上ることが出来た。
204号室は一番端の部屋にあった。
一息つき、気持ちを整えてからインターホンを押す。
しばらくするとドアが開いた。
「あっ」
「おっ」
二人は目が合った瞬間、同時に声が出た。
10年ぶりの親友を見て、賢士はようやく安堵した。
ここに来るまで決して楽ではなかった。
怪しい船で島へ来て、ボロボロの車に乗り、ここまでたどり着いた。
払った金額も決して安くはない。
貯めていた貯金を全て使い果たした。
「久しぶりだな」
はにかむ直人は昔と何一つ変わってなかった。
「お前、変わらないな」
賢士が靴を脱ぎながら言うと直人は笑った。
「当たり前だ、俺は10年前から変わってない。賢士はだいぶ老けたな。少し太ったか。」
「俺ももう30だからな」
「そうか、もう30になるのか」
直人はしみじみと言った。
「あのときなんで俺に相談しなかったんだよ。」
賢士は長年思っていたことを率直に聞いた。
10年前、賢士は地元の岐阜に、直人は東京の大学にそれぞれ進学していた。
ある日、実家の母から電話があった。
東京の直人が自殺したらしい、と。
気が動転し、なにも考えれなくなった。
その後、木曽川の河川敷で日が暮れるまで泣き叫んだことを覚えている。
直人とは高校を卒業するまで幼稚園の頃から毎日ずっと一緒にいた。
まるで兄弟のような関係であった。
直人が東京の大学へ進学して、会うのは盆、暮れ、正月だけになった。
たまにメールはしていたが、悩んでいる様子はなかったと思う。
「まぁ座れよ」
俺達は8畳一間の畳に座った。
「東京の大学に出て、2年。俺は毎日が孤独だった。ゼミやバイトでも友達ができず、いつでも一人だった。」
賢士は驚いた。
直人は明るい性格だ。
人見知りの賢士とは違い、社交的な人間だと思っていた。
それに、地元に帰ってきたときは東京は楽しいと言っていたはずだ。
「最初のきっかけを逃したんだ。大学でもバイトでも、いつの間にかグループができていて、自分はそこに入れなかった。それからは次第に引きこもるようになってな。」
直人は窓の外の海を見つめながら言った。
「たまに実家に帰って来て、家族や賢士に会うだろ。めちゃくちゃ楽しいんだ。だけど、東京に帰るとまた独りになった、その反動で落ち込むんだ。」
「俺に言ってくれればよかったじゃないか」
賢士は少し怒ったように言った。
親友を失ったショックがどれほどのものだったか。
「そうだな」
直人は遠くを見据えたまま短く答えた。
「賢士は俺にとって兄弟みたいなもんだ。今でも家族だと思ってる。家族や賢士に心配かけたくなかったんだと思う。東京でうまくいってないって伝えたら心配するだろうから」
「心配なんていくらでもかけてくれて良かった。親友を失うよりよっぽどいい」
賢士は率直に言った。
「わかってる。でも、あのときはどうかしていた。最初は自殺なんかするつもりじゃなかったんだ。この辛い状況もいつか終わり、また賢士達とバカなことをする日々がくると思っていた。一時的なトンネルなんだと。だから、家族や賢士に心配かけないよう、我慢したんだ」
直人はここまで言い終わるとフーッと一呼吸置いた。
「でもな、いつからだろう。自分が生きてることが迷惑なんじゃないかって思うようになったんだ。自分さえいなくなれば余計な心配をかけなくて済むって考えてしまった。いつの間にかそれは根拠のない確信に変わった。ある晩、おれは診療内科でもらった睡眠薬をいくつか並べて、ウィスキーと一緒に飲んだんだ」
「お前、それ……」
賢士は思わず声が出た。
「賢士も知ってるだろ。薬を飲んだ時、酒は飲んではいけない。例え風邪薬や花粉症の薬であっても、だ。それをいくつもの睡眠薬と度数の高い酒。どうなるかわかるだろ。気づいたらこの部屋で眠っていた。」
直人は穏やかな顔で賢士を見つめた。
「不思議と目覚めた時はスッキリした気分だった。何もかもから解放されて身軽になれた気がしたんだ。でも、2日も経つと自分が取り返しのつかないことをしたんだと気がついた。」
「帰りたいよ、みんなのところに」
しばらくの沈黙の後、直人は呟いた。
直人は自嘲気味に笑い、賢士は涙した。
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