古山 浩司

1/2
3人が本棚に入れています
本棚に追加
/8ページ

古山 浩司

浩司は吐き気を感じ、港のトイレにこもっていた。 船酔いをしたわけではない。 これから会いに行く、母へのプレッシャーを感じているのだ。 このまま会わずに帰ろうかとも考えた。 だが、それではここに来た意味がなくなってしまう。 浩司はフラフラになりながらも外に出た。 「古山様!」 トイレから出てきた浩司を見つけ、スーツを着た若い女が駆け寄ってきた。 どうやら先ほどから探していたようだ。 「ご気分が優れないようなら、少し休まれてから行かれますか」 女は浩司を心配したが、休んだところで気分は変わらない。 「かまわない、案内してくれ」 女は戸惑いながらも1台の車まで浩司を連れて行った。 けたたましいエンジン音と共にでこぼこ道を走る車は浩司の体調を一層悪くした。 「着きましたよ」 虚ろな目で夕日を見つめていると、運転手から声をかけられハッとした。 いつの間にか車は止まり、ドアを開け運転手が待っていた。 「すみません」 そう言って車を降りると、目の前に一軒の平屋があった。 ここに母がいるのだろうか。 引き戸を開けようと手を伸ばすが躊躇する。 今さらどんな顔をして会えば良いのだろう。 浩司が幼い頃に離婚した母は女手一つで育ててくれた。 だが、数年前に浩司が始めた自営業をめぐり関係は疎遠になってしまった。 40を越える浩司に対してあれこれと小言が多い母を疎ましく思い、もう何年も実家に帰らなかった。 警察から連絡が来たとき、母は既に死後4ヶ月を経過していた。 いわゆる孤独死だ。 育ててくれた恩を仇で返すことになり、浩司は一言謝りたい気持ちでここまでやってきた 「さぞ、母は自分を恨んでいるだろう。」 そう思うと会うのは怖かった。
/8ページ

最初のコメントを投稿しよう!