かえる、かえる。

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 *** ――ねえ、どういうことなの。  目が覚めた時、私は真っ白な何もない部屋にいた。散々泣いたせいで、まだ目蓋が腫れぼったいしひりひりする。泣き疲れて眠ってしまったのだろうか、だからおかしな夢を見ているのだろうかとその時は思った。  真正面に取り付けられた、二つのものを見るまでは。 「え」  壁は、一面だけが“白”ではなかった。壁の下半分には、大きな鏡が貼られている。そこに映った自分の姿を見て、私は目を見開いた。  そこにいたのは、私ではなかったから。  あの大嫌いな小渕瑞穂が、唖然としたように鏡の中から“私”を見つめていたのだから。 ――ねえ、どういうこと?これ、夢……なのよね?私は悪い夢を見ているだけよね?なんで、私があの女になってるの?それに……。  そして、鏡の上には、巨大なモニター。  そのモニターから、こちらをにやにやと見つめている太った中年女性。言うまでもなく、そちらが本来の私、伊部雅恵(いべまさえ)の顔だった。彼女はぶつぶつと呟きながらモニターにつるつると指を滑らせて、何かを入力している様子である。  何か。  そんなもの、考えるまでもなくわかっていることだ。 『あの女、確か新卒で誕生日来てなかったはずだから……二十二歳、であってるっけ?』 「や、やめて……」 『身長は、私より低かったし……155cmとかそんくらいでいいかしら。体重?ムカつくからちょっと重めにしてやろうかな』 「や、やめてよ、ねえ……!」  私は引きつった声を上げるしかない。  亜希子が、死んだ。橋から落ちて水に流された彼女は、何故か両手両足の爪がなくなっており、その顔は恐ろしいまでの恐怖に引きつっていたという。その訃報を知った時の、悲しみと混乱――それとはまるで意味の違う涙が今、だらだらと頬を伝い落ちていく。  理由など、言うまでもない。  理解してしまったからだ――私達が楽しんでいたゲームの本質を。何故、甚振られた“相手”の反応がどこまでも生々しく、リアリティに満ちていたのかということを。 ――私は、未来の私を喜んで拷問していたの?被害に遭うのが“自分”だから、このゲームは犯罪にならなかったと、そういうこと?  確かに、本物の“小渕瑞穂”に影響はないだろう。  でもこれは。こんなはずでは。 「や、やめて……やめて“私”。だって、ここにいるのは、ねえ……!」  ガサガサに掠れた声はきっと、“ストレス発散”に夢中の彼女には届かないのだろう。  私は知っている。だってつい一週間前、このゲームを完了させたばかりなのだ。  ゲーム通りならば、私は三ヶ月もの間拷問され続け、殺されることになる。そして、まず最初に行われる責めは――。 「や、やめて……やめてええええええ!」  結末は、既に確定している。  がちゃり、という音と共に伸びてきたアームが、私の服を強引に剥ぎ取り――全裸になった私の上からは容赦なく、大量の水が降ってきたのだから。
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