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「やはりか……ハァ……いい加減、その粗暴な行いを改めろ。いつまでもおまえがそんな調子では、アンヌが心配じゃわい」
どうやらそれはカマをかけたものだったらしく、うまいことハマったリュカに大きな溜息を吐くと、心底呆れた顔をして神父は苦言を呈した。
「……あ、そうだ! そのアンヌのことなんだけどよう。最近また調子が悪ぃんだ。聞いた話だと、〝魔導書〟の魔術を使やあ、どんな重い病も治せるっていうじゃねえか。いくら御禁制でも神父さんなら使えんだろ? なあ、頼むからアンヌの病を治してやってくれよお」
だが、リュカはその小言も耳には入らない様子で、今働いた自分の悪事も棚に上げると、思い出したかのようにそんな頼み事をする。
アンヌとは、今年で十二になる歳の離れた幼い彼の妹のことだ。彼女が生まれてから間もなくして両親が流行り病で亡くなったため、それ以降は兄のリュカが親代わりに育てている。
だが、生まれつきアンヌは体が弱く、さらに近頃は肺病まで患うと、ずっと寝たり起きたりの生活を続けているのだ。
粗暴で素行の悪いリュカではあるが、そこは血の繋がった兄妹。唯一の肉親である彼女を元気にしてやることが、今では彼の一番の願いとなっているのである。
「あのなあ、リュカ。アンヌを治してやりたいのはやまやまじゃが、それは無理な相談とうものじゃ。いくら司祭であっても、わしは〝魔法修士〟ではない。それに魔法修士とて、許可もなく勝手に魔導書を用いてはならぬのが世の決まりじゃ」
しかし、リュカのその頼みに対してジャンポール神父は、なんというもの知らずかというような口調で説教をする。
魔導書……それは森羅万象に宿り、この世界に影響を与えている悪魔(※精霊)を召喚して使役するための方法が書かれた魔術の書である。
プロフェシア教会やそれを国教とするエウロパ世界の国々は、「悪魔の力に頼る危険で邪悪な書物」として魔導書を禁書とし、その所持・使用を原則禁止にしていたが、魔導書を専門に研究する修道士――〝魔法修士〟と呼ばれる聖職者のように、教会や各国王権の許可を得た者は例外的にそれが認められていた。
つまりは表向き禁書として庶民にその利用を厳しく制限する一方、特権階級のみがその絶大な力を独占し、自らの支配体制を確固たるものにしようというのが、その真の理由なのである。
だが、真面目な者であればあるほど、信仰心が篤ければ篤いほど、そんな支配層のたくらみには目を向けず、盲目にその禁書政策のお題目を信じて疑うことがない。
かくいうジャンポール神父や、この田舎の村に住む純朴な農民達も御多聞に漏れずである。
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