Ⅰ 村のはみ出し者

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「そもそも、わしは当然のことながら魔導書を持ってはおらんしな。それに、特例として魔導書を使って病を治してもらえるのは、ありがたい徳を積まれた高位の聖職者か、教会のために多額の寄付をしてくださっている王侯貴族の皆さまだけじゃ。白死病(・・・)のような恐ろしい流行り病ならば話は別じゃが、下々の者が自分の勝手で魔導書を使おうなど許されようはずもない」 「チッ…所詮は金か。それじゃあ高え金だけ取るヤブ医者と代わりねえじゃねえか。なにが神に仕える者だよ。ただの強欲な変えの亡者だな」  ところが他の村人達とは異なり、神父の説明を聞いリュカは、歯に衣着せぬ言葉で素直にその欺瞞を批判する。 「これ! なんと罰当たりな! 口を控えよ、リュカ。そんな態度だから、神もアンヌの病を治してくださらぬのじゃ」 「ケッ! んな救ってもくれねえ神様なんか、こっちから願い下げだぜ。アンヌの病を治してくれるなら、俺は悪魔にでもなんにでも宗旨変えするね」  当然、神をも畏れぬその発言に声を荒げる神父だったが、対してリュカは反省するどころか、重ねて背信的ながらも率直な意見をその口にするのだった。 「またそのように悪魔崇拝者のようなことを! ハァ……神よ、この無知なる若者の罪をお許したまえ……ああ、そうじゃ。おまえ、くれぐれも森に棲む魔女(・・)になど頼ろうと思うなよ? もしそのようなことをしたら、それこそ本当に異端者としておまえを罰せねばならなくなるかならな」  ますます顔を真っ赤にする神父ではあるが、何を言っても無駄と諦めたのか、大きな溜息を吐くと手を組んで天に祈りを捧げ、いたく真剣な顔つきになって思い出したかのようにそう忠告を与える。 「魔女? ああ、あの村から追われて森に逃げ込んだとかいう婆さんか……」  森の魔女――それはまだリュカが幼い頃、村の端に小屋を構えると薬草を使って医者の真似事をしたり、占いやマジナイのようなことをして暮らしていた流れ者の女性である。  その異教的な振る舞いから悪魔崇拝者の疑いをかけられ、異端審判士に捕縛されそうになったところ、村に隣接する森の奥深くに逃げ込んだのだそうな。  まだ幼かったのでその辺のことはよく知らないし、リュカ自身は見たことないのであるが、今でも森の奥深くに住んでいて、近隣はもちろん遠方からも密かに薬草を買い求めに行く者もいるとかいう噂だ。 「さあて、どうしようかねえ……教会が助けてくれねえんなら、魔女に頼むってのも手だからな。ま、俺がそんなことしねえよう、アンヌの病気を治してくれとせいぜい神様に見祈っておくんだな」 「コラっ! おまえというやつはまったく!」  さすがのリュカでも、異端者(・・・)の烙印を押された者の末路がいかに恐ろしいものであるのかはよく存じている……本気でそう思っているわけでもなかったが、そんな返事を冗談交じりに言い残すと、神父の怒号に見送られながら、昼下がりの長閑な教会を後にしていった――。
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