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だが、数日の後のこと……。
あの時は冗談半分に言った戯事であったが、なんという天の采配か、その冗談は現実のものとなってしまった……。
アンヌの様態が、急変したのだ、
「――コホッ、コホッ……お兄ちゃん……苦しいよお……」
「待ってろ、アンヌ! 兄ちゃんが今助けてやるからな!」
咳き込みながら、消え入るような声で助けを求める妹を背負い、夕闇に染まる村の田舎道をリュカは教会へと走る。
その背で三つ編みに結った茶色の髪を激しく上下に揺らしているアンヌは、元来、キラキラと輝く円らな目をした、たいへん可愛らしい少女であったが、今はその瞳も生気を失い、蒼褪めた両の頬もすっかり痩せこけてしまっている。
彼女の患っている肺病は、そのようにして生命力を徐々に奪い去り、やがては〝死〟へと到らしめる恐ろしい病なのだ。
それでも以前、村人から博打で巻き上げた有り金をはたき、街にいる医者にアンヌを見せに行ったことがあったが、効くかどうかも怪しい高額の薬を飲ませ続ける以外、為す術はないと匙を投げられてしまった。
無論、貧しい農夫であるリュカその薬を飲ませることもかなわなかったが、もし飲ませていたとしても、結果はおそらく同じであったろう。
「神父さまっ! 助けてくれっ! アンヌが……アンヌが大変なんだよ!」
ガタン! …と乱暴に聖堂の扉を開け、転がるようにして中へ飛び込むと、祭壇に飾られる黄金色をした神の象徴――大きな一つ眼から放射状に降り注ぐ光を表した〝神の眼差し〟を仰ぎ見る神父にリュカは声を張り上げる。
「……リュカ? そんなに慌てて如何したのじゃ?」
燭台の仄明るい光に照らされた大きな堂宇の中、その声に振り向いたジャンポール神父は怪訝な顔をして細めた目をリュカに対して向ける。
彼の手には黒表紙の大きく厚い本――〝はじまりの預言者〟イェホシア・ガリールの教えが説かれたプロフェシア教の根本経典〝聖典〟が抱えられており、これより夕方の祈祷を捧げるところだったようである。
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