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ぎょっとし、冷や汗が全身から吹き出る。
「あ、あう、おう、おう、…」
「セイウチか」
彩葉の突っ込みが冴えわたる。
周囲が固唾を飲んでこちらを見守っているのが分かって、時乃はガタガタと震えた。
(あかん、勘違いされる…)
ここは素直に頷いて、一先ず彼を退散させる事に決める。
「わ、分かったよ。するする、話する」
だから一旦教室に戻りましょうか、そう言おうとした時、目をキラキラさせた岡崎櫂に、ガッと手首を掴まれた。
「ありがとう!すぐ終わるから!」
「えっ、ちょっ、まっ、え!?」
ドラマのヒロインさながら、岡崎櫂に教室から連れ出される。
ワァッと歓声が上がり、からかうような口笛や、きゃーっと叫ぶ女子の黄色い声が沸き立った。
ゾッとしながら、自分の手を引いて走る背中に捲し立てる。
「ちょっと!?なんかすっごく勘違いされてるけど!?どうすんのこれ!?」
「え、なんか変やった?」
廊下を駆け抜けながら、岡崎櫂が呑気な様子で振り返る。
明るくキラキラした純粋な瞳に、頭をしばきたくなった。
「それより、どこ行ってるん!?」
「人のおらへん所。どっかないかな?」
「決めてなかったん!?」
「まぁどこでもええや」
岡崎櫂は、人通りの少ない廊下の隅で立ち止まると、時乃にくるりと振り返った。
人懐っこい瞳が、少しだけ緊張している。
「あの、さっそく本題なんやけど、昨日言った事、あれ、本間の事やから」
時乃はゴクリと唾を飲み込む。
彼と面と向かって顔を合わせるのは二回目だが、彼の行動、もしくは発言のせいだろうか、穏やかに対応する気になれなかった。
「ほ、本間なん?これが冗談やっても、ウチは笑われへん。趣味の悪い冗談やわ」
訝る時乃に、岡崎櫂は少し怯んだ様子だったが、すぐに瞳に力を込めた。
「冗談ちゃうよ。それを分かって貰う為に、お願いしに来たんや」
「お願い?」
少年は、色白の頬をほんのりと赤く染めて言った。
「俺の家、来て欲しい。そしたら、分かるから」
「家…」
突然、背後でキャーッと黄色い悲鳴が上がる。
バッと振り返ると、廊下の角に隠れていた数人の女子が、時乃の視線に気付いて慌ただしく逃げて行った。
げんなりして、肩を落とす。
恨めしい思いで、岡崎櫂を睨んだ。
「で、なんで家なん?」
岡崎櫂は呆気に取られたようだったが、気を取り直して言った。
「俺と杉村さんがきょうだいっていう証拠みたいなもんが、俺の家にあるんや。持ち出されへんから、見に来て欲しい」
「それって、なに?」
「口で言っても、多分信じてもらわれへん。実際に見てもらった方が、納得するやろうから」
時乃はムムッと唇を噛む。
男子、しかも知り合って間もない他人の家に行くのは、中々に勇気がいることだ。
けれど、彼の深刻な様子を見て、不思議と断る気持ちにはなれなかった。
(叱られた犬みたいな顔するから、嫌やって言われへん…)
暫く躊躇った後、時乃は深く息をつきながら言った。
「わかった、行くわ」
「え!?」
「でもその代わり、納得出来へんかったり、ふわっとした証拠やったら、金輪際私に関わらへんって約束して。そしたら、行くから」
岡崎櫂は、手にしていた帽子をギュッと握りしめると、大きく頷いた。
「分かった。約束する」
◇ ◇ ◇
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