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「この年と日付け、私の誕生日や…」
なんで、と言う前に、岡崎櫂が先回りするように言った。
「この写真の裏に、親父の字で美津って名前と、おそらく杉村さんの出産予定日が書かれてる。たったこれだけの物を、鍵をかけて大事にしまってるって事は、そう言う事ちゃうかな」
時乃は、やや混乱しながら言った。
「ちょ、ちょっと待って。岡崎君が言いたいのは、岡崎君と私のお父さんは、同じ人って事?」
岡崎櫂は、躊躇いなく頷いた。
「うちの親父が、不倫してたって事になる。それが原因かは分からへんけど、俺が生まれてすぐに、オカンは他所に男作って出て行ってるんや」
急に色々な情報を話され、時乃はどのような反応すれば良いのか、一瞬分からなくなった。
「えーっと、つまり、えーっと…」
「これが事実やったら、俺と杉村さんは異母兄弟って事になる。ちなみに俺は4月生まれやから、9月生まれの杉村さんは俺の妹になるな」
あっけらかんと言う岡崎櫂に、時乃は信じられない思いで言った。
「う、嘘や。ほ、ほかに証拠は?」
「親父が、定期的に杉村美津さんの口座にお金を振り込んでる。信じられへんかったら、そっちでも確認してみたらええよ。それに、最近二人で会ってるみたいやし」
「会ってるって…?」
「隣町の喫茶店でよく会ってる。それは偶然見かけた」
時乃は、足が微かにふらつく感覚を覚えて、慌てて何かを掴んで支えにしようと手を上げた。
だが不運にも、手の甲が積み上がった本にぶつかってしまい、バサバサと大きな音を立てて崩してしまう。
「ご、ごめん…!」
時乃が急いで本を片付けようと屈んだ時、下から「そこに誰かおるんか?」と低い声が聞こえてきた。
ハッと顔を上げた瞬間、岡崎櫂の大きな手が時乃の口を塞いでいた。
自身も前屈みになって座り込み、シッと唇に人差し指を当てる。
本気でこのままやり過ごすつもりなのだろう、岡崎櫂は意識を階段の下に向け、ピクリとも動かなくなった。
(わ、近い…)
間近に迫った岡崎櫂の瞳は、非常に綺麗だった。
色素が薄い茶色の瞳は、小さな窓から溢れる光を目一杯取り込んで煌めいている。
ジッと息を潜めて渋い表情をしているのに、その瞳の輝きが衰えない事が、時乃にとっては酷く不思議だった。
(似てる、んかなぁ…)
冷や冷やと胸を忙しくさせながらも、時乃はそんな事をぼんやりと思った。
自分の瞳は、友人の彩葉に「もっと瞳をきらめかせろ」と理不尽にキレられるくらい、瞳に覇気がなく真っ黒だ。
光を取り込もうとしない、むしろ邪魔してるようにしか思えない、切れ長の目蓋も恨めしい。
そんな自分と、目の前のキラキラした瞳の持ち主が、同じ父を持つなどと、時乃はどうしても思えなかった。
(似てたら、少しは納得出来たのに…)
どれくらいの時間が経っただろうか。たぶん、数十秒程度だったと思う。けれど、時乃には恐ろしく長く感じられた時間だった。
ミシミシと、足音が遠のいていく。
すっかり人の気配がなくなって静寂が訪れた頃、岡崎櫂はやっと時乃を解放して肩を落とした。
「ビビった。あれ親父の声やった」
愚問だと思いつつ、時乃は言った。
「バレたら、どうなるん?」
「たぶん、殺される」
「え…」
「冗談や」
岡崎櫂は軽やかに笑うと、素早く本を片付けて立ち上がった。
そして早く部屋を出ようと時乃を促すと、急な階段を飛ぶように降りた。
「まっ、待ってや。お、落ちる…!」
手すりもなかったので、時乃はお尻を付けてゆっくりと降りるしかなかった。
やっとの思いで半分降りた時、突然岡崎櫂が「はやく」と焦った様子で手を差し出した。
どうやら父親が引き返して来たらしい。
青ざめる時乃に、岡崎櫂はなおも手を差し出した。
仕方なくその手を取り、意を決して彼の胸に飛び込む。
頼りなげで痩せた少年だったので、一瞬不安が胸を過ったが、それは杞憂に終わった。
ガッシリと壁のように受け止められ、時乃は無事、廊下に降り立つ事が出来たのだった。
そしてそれは、すぐに聞こえた。
「お前、そんな所でなにをやってるんや」
心底驚いた声音で問われ、時乃は恐る恐る声の主を見やった。
廊下の角近くで、四十代くらいのおじさんが、目を見張って立っていた。
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