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一章「かわいいと言われたい」
子どもの頃、普通の男の子だったのかはよく分からない。外よりも家で遊ぶ方が楽しかった。何せ、自分の世界に入れるのだから。おままごとまでは行かないが、ぬいぐるみやアニメのミニフィギュアみたいな物でよく脳内で会話させて遊んでいた。
昔からご飯はあまり食べなかった。食べる気がなかったのだろう。よく父親に「お前、そんなんだったら股間取ってしまえよ」などと大きな声でよく怒鳴られた。
そして体が細い体だったのだろう。よく子どもの頃、いじめられた。警察ごとにまでなったこともある。家から裸足で飛び出したこともある。家の外は砂利だったので足の裏に入ってきて血が流れ出た。それでも心の痛みよりも痛くなかった。このまま消えてしまえればよかったのに、と思いつつも家にまた戻ってしまう。
髭が生えた頃には、髭剃りで足首や手首、及びお腹に傷を付けて快楽を得て過ごしていた。
そしてとある時にテレビ画面を見た。
「私はあなたのことをずっと応援してきます(๑•̀ㅂ•́)و✧」
アイドルの格好をした女性はそう言った。アイドルだからこそ自分の人気を上げる為に言ったのだろう。笑顔が憎い。こんな私の前でその笑顔は憎い。
……そう思いながら過ごしていた。
「ねぇ、月島〈つきしま〉ー。お前、かわいんだから、女装してみてこういうカフェに出ればぁ?」
男友達は私にテレビを見ながらそう語る。そこにはメイド喫茶で働く女性たちが映っていた。そんなことよりも……。
「ねぇ、今なんて言った?」
「女装してカフェに……」
「いや、そうじゃなくてその前……」
「かわいい?」
言葉を聞くと、心がドキッと感じた。顔が熱くなるのを感じる。
「何、赤くなってるの?」
「はぁ?そんなことあるかつーの?」
「ツンデレかよ、かわいいなぁ」
頭が真っ白になった。
「おい、どうした、月島?」
「な……何でもねーよ」
ニヤニヤとする顔が腹が立つ。どうせ、お前も笑って俺のことをバカにすんだろ?
「……は?しねーよ?」
「ん?何が?」
「女装してもお前はお前だ」
「もしかして口に出してた?」
私はちょっと首を傾げる。彼は頷いた。何だか、気まずそうに下を向いちゃってる。ホントにバカにしてるんだろう。
そして数日が経って、私は彼にあの言葉を言ってもらいたくて色んなことをした。机にあった消しゴムを何度も落としては目の前の彼に拾わせた。近くに通った時は彼に軽くお辞儀した。しかし彼は何も言わない。
そしてトイレから出て教室を出た時だった。扉の前で大きな声で彼の言葉が聞こえてきた。他の男たちと話してるようだ。
「なぁ、月島キモくね?俺に恋してね?キモっ」
「そうだな、鳥肌立つわ」と隣の男子学生。
「唾とか吐いて嫌われちゃえば?」ともう一人の男子学生。
「そうだな……ん?月島!!これは……」
私は扉から離れて廊下を走った。先生に「教室を走るな」と言われても気にしない。そして屋上で一人ぽつんと取り残された。かなりの時間が経った頃に彼は屋上へ上がってきた。
「はぁはぁ……。お前、ここにいたのか。相変わらず、足速いんだな」
私はそっぽ向いてフェンス越しの景色を見る。
「さっきは悪……」
私は彼の頬を叩いた。
「もう春樹〈はるき〉……如月〈きさらぎ〉の顔なんて見たくない」
私は言い放って彼を下から睨む。まるで背だけは高いのに何も分かってくれないというかのように。
「……」
「唾かければ?」
「しないよ、そんなこと……」
声が震えてる。そんなことしないほど好きじゃないということなのだろう。私は足を早めて屋上を後にした。
そして私たちはそのまま卒業を迎えた。別々の道を歩くことになった。彼との関係はこうして終わった……かのように思えたのだったが。
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