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それぞれのクリスマス(彗編)
クリスマスなのに、街は雨模様・・・
色とりどりの傘が、クリスマス気分の街を行き交う。
本音を言えば、ロマンチックに雪が降り、きらきら輝く白銀の世界で大好きな人と過ごしたい。ホワイトクリスマス・・・
けど、サンタクロースにお願いしても手に入らないものだってあるんだよね・・・
イルミネーションでライトアップされた元町のアーケードは、クリスマスムードを盛り上げ、街行く人々は、皆、一年のこの特別な日を、愉しんでいる様子だった。
彗は、堀美香と二人、傘をさし並びながら歩いていた。いつもなら、よく話す堀も、この雨がそうさせるのか、口数は少なかった。
「彗、明日の朝の早い便で、ドイツへ立つんだよね。」
「いよいよな。」
「忙しいところ、呼び出してごめんね。」
「ほとんど、パッキングは終わってるから、大丈夫だよ。それより、雨なのに、よく、イルミネーションなんか見に来るな~。」
堀が、どんな気持ちで、彗を誘い出したかなど露知らず、配慮ない言葉が、一瞬、彼女の表情から明るさを消す。
「彗って、本当に、鈍感って言うか、そういうとこは変わんないよね。」
「ん?何か、変なこと言った?」
「いいわよ。別に。」
堀は隣を歩く、彗を見上げた。黒のショート丈のコートに、セーターとシンプルな装いなのに、彼のスタイルの良さが、人目を惹いた。彗の口元から白い息がふわりとでると、寒さからか、鋭い目が少し下がる。出来ることなら、ポケットに入れられた手をとり、クリスマスの夜を歩けたらいいのに・・・堀は、淡く密やかな想いを胸に抱いた。
横浜港にほど近い小高い丘の上にあるアメリカ山公園は、毎年恒例のイルミネーションで一面、シャンパンゴールドの光に包まれていた。
木々や、パークの階段さえもライトアップされ、ロマンチックな雰囲気は多くのカップルの足を止めていた。
一際目を引くメインツリーの前で、彗と堀は、立ち止まると、光のタワーに見入った。
「でけぇ~な。」
「言い方・・・」
堀は彗を一瞥したが、かしこまって、彼に向き合った。
雨が、足元の水たまりに落ち、跳ね上がると、まるで、水滴のリングベルのようであった。
「彗。亜久里君とは・・どうなっているの・・・?」
「えっ?」
長い沈黙と、噛み締められた唇、がらんどうの彗の瞳には希望の火は灯っていなかった。
「うまくいってないんだ・・・?」
「・・・・」
「私のせいかな・・・?」
「なんで?美香のせいじゃ、ないよ。」
「私のせいでもあるよ。」
「何、それ?」
「今日、呼び出したのはね・・・・・彗に謝りたいのと・・・渡したいものがあるから・・・なの。」
堀は、苦しそうに言葉を必死に絞りだすと、鞄から手紙を取り出した。
「これね。彗は、記憶がないと思うけど、高校三年の時の那須高原の合宿の際、彗が落とした手紙を、私が拾って、そのまま、返さずにいたの。」
「手紙?」
「そう。亜久里君からの・・彗へのラブレター。」
その名前を聞いた瞬間、彗の身体は硬直すると視線は、目の前の堀ではなく、遠く彼方の海を見つめているようだった。
「私、彗のこと大好きで、今も、好きで。なかなか、あきらめきれなくて、ずっと、この手紙返せなかった。これ渡しちゃったら、彗、もう、絶対に私のこと見てくれない気がして。ずるいよね。ごめんなさい。」
「。。。」
「この手紙、返す前に、もう一度、聞きたいの。」
そう言うと、堀は、真っ直ぐに彗を見つめた。傘を握る手が震える。
「私じゃ、やっぱり、ダメかな?」
記憶を失った彗の側には、いつだって美香が居た。彼女の明るさ、優しさに、何度も救われ、精一杯、気持ちに答えようとしたこともあった。だか、いつしか、気持ちは離れ、うやむやな状態のまま、自然に関係を終わらせてしまった。今、思えば、ずるいのは、自分もそうだろう。彼女の気持ちを知りながら・・・
「美香、ごめん。」
「やっぱり、そうだよね。うん。もう、今日で本当にあきらめる。」
美香はわざと傷ついていない素振りをし、とびきりの笑顔をみせた。
「はい。亜久里君の気持ち。」
そう言うと、手紙は彗の元へ手渡たされた。長い月日をかけて・・・・
雨のクリスマス。イルミネーションは涙で滲むと、堀は、微かな光を目に焼きつけた。切ない思い出と共に。
フライト 成田発ミュンヘン行き
彗は、昨晩、なかなか読めずにあった手紙を、複雑な心境で、開いた。日本から離れると、心についた傷も、少しは癒えるのか。
過去に書かれた自分宛ての亜久里からのラブレター。
"彗が、誕生日プレゼントでくれたビートルズのレコード、昼間、聴いてるよ。お前の気持ちだって言ってたI Willって曲、ありがとうな。俺も同じ気持ちだから・・・"
~君を愛してる、永遠に
僕の愛の全てを、君に
愛してるよ 離れている時も~
紳一郎から、受け渡された、亜久里からの唐突な、プレゼント。ビートルズのレコードと曲目 I Willの隣に書かれた彗への文字。
心が真実を探したがっても、後戻りは、できない。すでに、彗は、随分、遠くへ来てしまったのだから。
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