「ロマン」を感じる恋心

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「俺の事、覚えてない?」 そういわれ、彼の顔をじっと見る。…やはり覚えていない。こいつは誰だ、新手の誘拐犯か何かか? 「ごめんなさい、覚えてません。あたし、もう行かなきゃならないので…」 「俺、中学のときの、上山!上山篤だよ」 かみやまあつし?どこかで聞いたことがあるかもしれない…そうだ、確かに中学のとき、あたしとは犬猿の仲だった奴の名前が、上山篤だった。 「えぇえ?!上山?!嘘だぁ、そんな…だって上山はこう、もっと、太ってたもん!」 ここが人の多い渋谷の大通りだということも忘れあたしは大声をあげる。 「…と、とにかく来なさいよ!」 数人から睨まれたのが怖くてあたしは、とりあえず近くにあるカフェに上山を連れ込んだ。 ―――「俺、お前のこと顔は好みなんだよな。あとその暴力的なとこ直してくれれば、いいんだけどなぁ」――― カフェに入って、向かい合わせの席に座る。上山をもう一度じっと眺めたとき、あたしはあのときの言葉を思い出した。 「好み」そういわれたとき、あたしの顔はタコみたいに赤くなった。あんな太った奴に好かれたところでなにも喜ばしいことはないのに。 中学の頃の上山は、太っていた。丸々としていて、お相撲さんのようだった。それに大食いだし、汚いし(まあそれはあたしも汚かったから他人のこと言えないけど)、それになにより、まあ端的に言えば不細工だった。 そんな上山とあたしは、いつも席替えで近くになっては殴り合いをしていた。…小学生じゃあるまいし、そんなことしたらダメなのはわかっていたけど。 でも、とにかく上山は煩いし、下手なくせに歌を大きな声で歌うのだ。隣の席になった日にはもう地獄だった。 あたしも上山も、お互いのことが嫌いだった。 でもそんな日々は意外にも長く続かず、一年半余りで上山は転校することになった。 …実感がわかなかった。 あたしと同じ中学に通う最後の日も、あたしは上山を殴りつけた。上山もあたしを蹴った。その日は、いつもより激しかった。 先生にたっぷり叱られた後、あたしたちは成り行きで一種に帰ることになった。もう下校路には、他の生徒は誰もいなかった。 今までのガラクタのような思い出話を互いに笑いながら話し合って、橙色の下校路をひたすら歩く。 そうして、別れることになった。四つ角のところをあたしは右に、上山は左に進まなければならない。…何だか、寂しい気がした。 「俺、お前のことは好みなんだよな。あとその暴力的なとこ直してくれれば、いいんだけどなぁ」 「…え?」 「じゃあな、神山!」 上山はそのまま、走って行ってしまった。 それからの中学校生活は、あまりにつまらな過ぎてよく覚えていない。 「上山、痩せたんだね」 あたしがそういうと、上山は欧米っぽくオーバーリアクションをした。 「今?!もしかして俺が痩せてたから気づかなかった系?」 「うん、ついでに顔面偏差値上がった?」 あたしが頼んだコーヒーが運ばれてくるのをミルクとかき混ぜながら言った。 「さらりと嬉しいこと言うなよな。…まっ、俺がイケメンになったのは事実だけどさ」 上山は橙色の紅茶を飲んでいる。 「イケメン、とはいってないけどね」 でも確かに、上山はかなりイケメンになった。ぶっちゃけるとあたしの好みド直球だ。それに背も高い。 「…今は、何の職業についてるの」 「パイロット☆」 「すごいねぇ」 あのときの転校先は確かニュージーランドだったはずだ。ニュージーランドで、パイロットになるといっていた馬鹿な言葉は嘘ではなかった。上山は、中学生の頃からの夢をかなえた。 …その点、あたしは結局しがないOLだ。将来の夢なんてばかでかいものがないまま、とりあえず国立高校、大学と進み、就職活動をして初めて気づいた。 将来の夢がないって、こんなに怖いことだったんだ、と。 頭の良さを生かせるわけでも、趣味特技を生かせるわけでもなく、あたしは特に楽しくない人生を送っている。 有名な学校に行けば、バラ色ライフだと信じていたあの頃のあたしは上山以上に馬鹿だったのだ。 「今は一時帰国中なんだ、多分今年の暮れまでは日本(こっち)にいれる」 何だかあたしは嬉しかった。それで、上山とは頻繁に会うようになったのだった。 上山と共に過ごしている時間は楽しかった。今までのつまらなかった時間が嘘のようだ。上山と会っているうち、あたしは告白された。 上山とあたしは、恋人生活を始めたのだ! イケメンになった上山と腕を組んで歩くのは、本当に楽しかった。恋人らしいことはたくさんした。 上山は、日本で過ごす分の最低金額しか持ってきていないらしく、あたしはカフェの飲み物代とか、服とか、全部奢ってあげた。そう、あたしは彼女なのだ。 「あのさ…俺、大事な話があるんだ」 あたしの家に泊まっている上山は、ソファに座っているあたしの前に来た。 「どうしたの?おなかすいた?」 「いや…俺、結婚したいんだ」 結婚?けっこん…結婚?誰とだろうか。 「神山と」 「はい?」 あたしはついつい聞き返した。かみやまとは誰だろうか、目の前にいる男じゃないのか。 「あと、紛らわしいから俺のこと篤って下の名前で呼んでくれよ」 「う…うん、それはいいんだけど、あたしと、上山…篤が結婚って言った?」 耳がおかしくなってしまったらしい。こんなイケメン、どんなに貢いでも手に入れられるものじゃない。例えるとしたならば、アイドルなのだ。 「あ、ああ…そうだよ。結婚指輪も、さ。一緒に選びたかったからあえて買わなかった」 あたしの脳がくるくると空回りしている。何か嬉しいことを言われている。それだけは、わかった。 「いい…の?あたしで?」 「何回も言わせんなよな」 あたしは明日命日なのだろうか。今日ベッドで寝たらもうそのままチーンなのだろうか。やっぱり死ぬのか?! 「も、もちろんです!」 あたしがそう叫ぶと、上山…篤はばつの悪そうな顔で言った。 「それとさ…実は俺、突然帰国することになって。急用なんだよ。だから、半年くらいこっちに帰ってこれない。今のうちに、俺の気持ち伝えておこうと思って」 篤は悲しそうな声で続ける。 「待ってて、くれるか?」 篤のその懇願するような瞳にあたしは打ち抜かれた。 「もちろん、半年でも、一年でも、ずうぅっと待つよ!」 あたしはそう、篤に貢ぐ、ファンなのだから。 「本当?!ありがとう!俺、頑張ってニュージーランドで任務、こなしてくるよ!」 その次の朝、もう篤の姿はなかった。 「…いってらっしゃい」 あたしは誰もいない部屋に向かって、そう言った。
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