第一章 逃げるが勝ち

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 「……どこだ?」  覚醒して開口一番に飛び出したその呟きは、明らかな困惑を滲ませていた。  目の前に広がる見渡す限りの黒い空と、肌を包み込むねっとりとした不快な空気。星も月も太陽も、そこに浮かぶはずの何もかもが暗闇に飲み込まれた終わりのない曇天。  寝そべったまま身じろけば、硬いアスファルトが素肌を傷つけた。  おかしい。こんな道端で野宿するような生活をしていたつもりはないのだが。  よっ、と声をあげて体を起こし、辺りを見回す。    並び立つのは、大した特徴もないごく普通の住宅。一部朽ちかけたコンクリートを見るに、住宅の殆どが少なくとも新築ではなさそうだ。  中でも一軒、立派な高い塀に囲まれた"屋敷"は一際目を引く。時代劇で観たことのありそうな古風な門構え。鱗のように丁寧に細かく重ねられた瓦。その敷地も周囲とは比にならないほど広く、見るからに古くから続いてきた、趣のある"豪邸"という感じだ。  そこまで考えて、首を捻る。  なぜ自分は見知らぬ公道にいるのか。そもそも、此処は何処だ。屋外で寝こけているとは、どういう状況なのだろう。幾つもの疑問が湧いては消えていく。  騒つく心を落ち着けようと、目を瞑り大きく息を吐いて、  「あ、れ……?」  ちくり、と頭を刺すかすかな刺激。  途端。霞んで薄れていた記憶が脳を震わせ、一気に逆流した。痛みはない。ただただ、自分の経験を自分自身で追体験するような違和感にひたすら耐えること、ほんの数秒。  「……完全に死んだと思ったんだけど、生きてるよな。これ」  自分の置かれた現状に、颯は目を瞬かせた。    容赦のない痛みも得体の知れない赤色も、覚えている。あれは現実だった。気を失ったのは間違いなく学校の教室。まだ日の落ちない放課後だったはずだ。では、何故――。  そんな風に考えながら、颯は再度、周囲を見渡した。  「痛みはなし。というか、あの赤い奴もなくなってる。あと妙なのは、この場所だな。誰かが運んだ……ってことはないだろうし」  運ばれたにしても、その理由がないはず。自分をこんなところに転がして、何かメリットがあるとも思えない。  熟考しつつ、颯は自分の身なりに目を向けた。  シワが寄り少し薄汚れた制服。校舎で履いてそのままだった、まだ新しい上靴。倒れる前に持っていた鞄も、変わらず肩にかけられたまま。念のため鞄の中身を確認するが、財布も携帯も、貴重品には何一つ触れられた形跡もない。  「ってことは物盗りの線は薄そうだけど……。そうでもないと、こんな場所に置き去りにされる謂れがなさすぎるしなあ」
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