第一章 逃げるが勝ち

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 どうしようもない手詰まり感。これぞまさに万事休すといったところだろうか。  颯は長嘆息を漏らし、ぐったりと肩を落とした。  見るからに空は暗すぎるし、通りには人も全くいないし、  「まず何処、何時……。出だしからハードすぎないか」  誰に言うともなく呟いた言葉が、宙に浮いては溶けていく。  手足に力を込めて立ち上がると、重い体がぐらりと傾いた。近くにぽつんと佇む電信柱に寄りかかり、ゆっくりと深い呼吸を繰り返す。辺りの音を何者かに奪われてしまったような異様な静寂の中、聞こえるのは颯の荒い息づかいだけだ。  形ばかりの平静を装ってはいるが、常識外の事態に颯の精神は摩耗していた。  当然といえば当然だ。昼から夜に。明るみから暗闇に。屋内から屋外に。  目が覚めてみたら、そこには見知らぬ風景が広がっていた――  「――って、なんて異世界ファンタジー?」  いや、見るからに現代日本――更に言えば、ただの住宅街なんですけども。内心で付け足し、苦笑を浮かべる。  とりあえずは状況把握が先だ。場所と時間くらいはわかっておかないと、まず行動の仕様が無い。  こんな時こそ、  「マイ愛するスマホー、今ほどお前の存在に感謝したことはないよ」  電話やメール、時間も地図も、これさえあれば全て解決。現代社会の圧倒的技術力。  「何の連絡もしてないし、母さん怒ってないといいけど……」  言いながら、颯は鞄に腕を突っ込み、乱雑にしまわれた荷物の中から触り慣れた無機質を探す。こつり、と手のひらにぶつかった重みを、そのまま掴んで引き上げた。  群青色のスマホケースに、手に馴染む優しいラウンドフォルム。非常事態の真っ只中、いつも通りの姿を目にして、ようやく一息ついたような心地だ。  側面の電源ボタンに親指を伸ばし、軽く押し込む。が、画面は黒いまま。首をひねり、今度は強く押し込んで。  颯は、自分の口から漏れ出る乾いた笑いを聞いた。  「電池切れ!? 今!?」  試しに強く長押ししてみても、手の中で眠る四角はうんともすんとも言わない。虚しい苛立ちのまま握り込んだ腕を振り上げた颯だが、小さく息を吐き、そっと力を抜いた。  「いや……、タイミングってものがあるよな、さすがに……。ったく、どうするよ、歩いてみるしかないか……?」  なんにせよ、このまま野宿する選択肢はないのだから。  
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