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探るような視線を受けながら、颯はひたすら頭を絞る。
徹の声で振り向いたにしても、あんなにも目を細めるほど怪訝そうにされる覚えはない。何より、目立ってしまったことを認めるのは癪だが、彼女の瞳にはあまりに心配の色が薄すぎる。どちらかといえば、あれは相手の善悪を見定めるような顔だ。例えるなら、揉め事に出くわした時に浮かべそうな表情によく似ている。
「何も起こってくれるなよ……」
最早これだけ叶えばそれでいい。今日は朝から散々なのだ。いつから登校は障害物競争になったのだろうか。
しかし、そんな颯の願いは、道端に転がった石ころとばかりに蹴り捨てられた。
――うわ、まじで俺に何の用だ。まさか、知らないうちにご迷惑でも!?
周囲の存在など彼女の目には一切入っていないのだろう。絡まりあった視線の糸を辿り、瑠衣はぐんぐんと歩を進める。その眼光は鋭く、颯は禁じられたように身動きを取れずにいた。
残酷にその距離は一歩二歩と狭まり、
「――あなた、もしかして……」
力強い、それでいて透き通った声色は、まさに夏風に揺れる風鈴の音だ。紡ぐ言葉のベクトルが自分に向いているというだけで、燃えるような充実感を得ずにはいられない。
颯は口を開いたままぼんやりと立ち尽くしていた。状況を飲み込もうとしない頭を置き去りに、素直な心はひどく歓喜に震えている。
「えっと……?」
細く情けない声は、絞り出された颯の困惑そのものだ。
瑠衣は一度も言葉を発すことなく数秒間颯を見つめると、安心と落胆が混ざり合ったような顔をして目をそらした。
「――いえ、なんでもないわ」
そう告げて離れようとする彼女に、焦燥感が全身を駆け抜けた。あんなにも近づいてくれるなと祈ったはずが、何をしてでも引きとめろと颯の本能が叫ぶ。至近距離で見つめてしまった、あの宝石のようなグレーの瞳に魅入られたのだろうか。
矛盾する感情に揺さぶられ、彼女の腕を引こうと一歩踏み出したその時、
「ち、ちょっと待ってください! 神作瑠衣さん……ですよね! 俺、あの、ずっとファンで!!」
隣から妙に上擦った声があがった。
徹は、落ち着かない様子で青くなった唇を震わせている。いつものはしゃいだ様子は何処へやら、表情は硬く、雰囲気は重々しい。それは憧れの人に対するものというより、切願の魔王を目前にした勇者の闘志に近い。
瑠衣は気圧されたかのように数歩下がり、目を丸くした。
「えーっと、ありがとうございま……す? 嬉しいんだけれど、ごめんなさい。今は話している時間がないの」
わかりやすい苦笑を浮かべ、そそくさと去っていく瑠衣。光を反射した黒髪が、ワンテンポ遅れてその背を追いかけて行く。
――案外、顔に出るタイプなんだな。
颯は茫然自失となる親友に憐憫のまなざしを送りながら、困ったように眉尻を下げた彼女の顔を思い返していた。
「くっそおおおお、颯しか目に入らないってかぁ! やっぱりイケメンは違うな! こん畜生! はいはい、ようござんす。俺はただの置物ですよ!」
「あれ、思ったより復活早かったね」
「なんで神作瑠衣がお前に絡んでくんだよ!」
早口で、取り付く島もなく頭を振り乱す徹。
それもそうだろう。入学当初から注目してきた好みの先輩と念願の初対面。結果は、言ってしまえば大撃沈。考えるだけで乾いた笑いが漏れ出しそうだ。合掌。
それにしても本当に、
「なんでだろう……」
颯の疑問は収まるどころか、膨れ上がるばかりだった。
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