第一章 逃げるが勝ち

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 「今日は早退させろって。部長が顧問に伝えに行ってる」  そう言って目を細め、熟慮する徹。  「お前さ、朝も様子変だったよな。……あんまヤバイ感じなら病院行ってこいよ」  「うん……でも多分一日寝れば治るよ」  それに、そんな大事にしたくないし。  力ない笑みを浮かべながら、颯は手をついて立ち上がり、袴の膝辺りに溜まった埃を払い落とす。  「こっちは心配してんの! 素直に受けとって早く体調治せよ!」  ぶっきらぼうに語気を強める徹だが、対して表情は不安げだ。普段のおちゃらけた様子からは全く想像もつかない情の厚さを見せつけられ、颯は面食らった。  日常的にイケメンイケメンと颯を囃し立ててばかりの徹だ。けれど、こういう一面を見る限り、徹こそイケメンなのではないかと颯は思う。  ……なるほど。これがギャップ萌えというやつだな、自分も餌食になったけど。  そう理解し、颯はほんの少しはにかんだ。  「ありがと。でもま、あんま心配すんな! 多分ちょっとした寝不足だろうし、明日には治してくるよ」  もっとも、さっきのはそう単純なものではないし、正直、颯自身も理解できていない感覚だ。そして、それを徹にうまく伝えられる自信もない。  馬鹿正直にそう言ってやることもできるのだ。が、そうすることで、この心配性が爆発する未来まで予測できてしまう。いらない負担はかけたくない。  誤魔化すように笑い部室へ向かおうとする颯に、徹は眉を寄せたまま、  「しっかり休めよ。……それと、」  一呼吸の、間。  「帰り道気をつけてな」  親戚のじいちゃんにもよく似た物言いに、軽く振り向き片手を掲げる。なんだか和む奴だ、とひっそり笑う颯。  しかし、その脳裏では、なぜだか見送りの単純な言葉が何度も何度も反響し続けていた。  ――まあ悩んでも仕方がないか。徹の言う通りに、早いとこ帰宅して今日は休もう。それで治れば、万々歳だ。  強張りそうになる表情筋を指先でほぐす。颯はソワソワと落ち着かない気分のまま、「よし行くか」と、止まりかけていた足を動かした。
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