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〇終着駅
ゆっくりと厳重なロックをくぐって行く。
この先に彼がいると思うと心臓がうるさいほど音をたてる。
髪の毛は乱れてないか、ドレスのひだは乱れてないか…
ずっと前から一緒にいる彼と今日、初めて会うのだ。
これは人類最後の花嫁のお話。
〇一つ目の駅
今となっては昔の話。
人類は栄華を極めていました。
仕事はアンドロイド君にまかせ、人々は娯楽の限りをつくし、生を謳歌したそうです。
ですが、諸行無常、栄枯盛衰というように、変わらぬものはありません。
実のところ、百億人を越えていた人類は、穏やかな終演をむかえました。
ですから、そこにあるのはただ廃墟だけ……ではありません。
そこには新人類が住んでいます。
余談ですが、天気に、贅沢なお酒に食事、見る夢までコントロールした人類ですが、ひとつだけ制御できないものがあったらしいです。
その名は【恋】というそうです。
がたんごとん
薄暗い車内に穏やかな声が響きます。
「……おひいさまは海の泡となって……」
深海を照らすように淡いひかりが時折窓からさし込みます。その光が可愛らしい少女を写し出しました。
どうやら乗客は彼女一人のようです。
赤毛の少女は人魚姫の朗読をうとうとしながら聞いていました。
こくこくと船をこぐたびにポニーテールが左右に揺れます。
「……」
少女のとろんとした目が完全に閉じたとき、朗読がピタリととまりました。
「寝顔もたいへん可愛いらしいけど、ちゃんとお話を聞いてた?シャロン。」
「もっ、もちろん聞いていたわ!」
静かに怒りがこもったその声に少女、シャロンは飛び起きます。
「えーと、泡になった人魚姫は王子様のキスでよみがえるのよね!そして鬼を倒すのよ!」
「違う。いろいろまざってるね。」
ずいぶん低い位置からお説教の声が響きます。
「寝物語も良いものだけど、起きていてくれたほうが僕も話す甲斐があるんだけど。だいたい君は……」
「ごめんなさい!ごめんなさいってば!だってこれだけ暗いのだもの。寝ないのは失礼というものだわ!」
「その前に僕への失礼を直してよ。」
はぁーっとため息をつく声にしゅんとして、シャロンは申し訳なさそうな顔をします。
「ごめんなさい。せっかく話してくれたのに…」
とたんに声は焦りだしました。
「そ、そんな顔をしないで!それよりほら、もうすぐトンネルをぬけるよ!」
パッと顔を上げたシャロンの瞳に緑の平原が広がりました。風にそよぐシロツメクサのなかに旧人類の忘れ形見が点在しています。どうやら、二十世紀ごろの区画のようです。
シャロンは窓から身を乗り出しました。
「ねぇ!ケイ。みてあれ!どうして空に線がはってあるのかしら!まるでステンドグラスの縁みたい。素敵だわ…」
ケイと呼ばれた声の主は返事をします。
暗くてよく見えませんでしたが、先ほどまでの声の主は黒猫のようです。
驚くことべきことに猫がしゃべっています。
「あれは電線というんだよ。超小型電池が生まれる前はあれで電気を送っていたんだ」
「ふーん。空を切り取っているみたい!綺麗ね!」
ケイを膝にのせてシャロンは足をばたばたさせます。ケイは少し狼狽えたようにしっぽをゆらゆらふりました。
「シャロン、僕を膝にのせるのはやめてよ。猫じゃないんだから」
「わかってるわよ!えーとケイは【FΓ型アンドロイド】なんでしょ」
「正確に言うと違う。僕は…」
レトロ感を演出するための偽物の汽笛が高らかになり、ケイの声をかきけしました。
先ほど見た区画から三駅ほど離れたところに、
ゆっくりと汽車(正確に言えばコメットタイプC)が停まります。
『駅に到着いたしました。ではよい旅を。』
限りなく人間に近いナウンスが響きます。
シャロンは誰もいない駅へとびだしました。駅には蔦におおわれた看板があります。ぐーんと背伸びしてシャロンは優しく蔦を外しました。
「ケイ、これなんて読むのかしら?」
「これは莠コ鬲�駅。文字からして、二十五世紀ごろに作られた町だと思う。」
「ぽこぽこして不思議な響きね!」
「シャロンも早く文字が読めるようになったらいいね。……シャロン、あのことはここでも秘密で」
「わかってるわよ!まかせて!」
シャロンの自信溢れる顔にケイは少し不安になりましたが、とてとてとシャロンについていきました。
一人と一匹はかくしてこの町に降り立ったのでした。
村には二十五世紀頃につくられたと思われる量産型住宅がならんでいます。どの建物も寂れた様子で長らく住んだ気配はありません。
「どうやら、ここら辺には人はいないようだね…」
「あっちの方にお屋敷が見えるわ!そこにはいるんじゃないかしら!」
「シャロンは目がいいね…」
ケイに誉められたことでシャロンは気をよくしたのか、鼻歌を歌いだしました。
誰もいない団地にすっとんきょうなメロディが響きます。コンサートが終わる頃、彼らは村の中央の大きなお屋敷の前に立ちました。
十七世紀ごろの風景をそっくりそのまま再現したと思われるお屋敷は苔に覆われ、本物のような貫禄を纏っています。
シャロンはドアノックをたたきました。
「ごめんくださーい」
暫くしてから、電子音がピーっと響き扉が自動で開きました。彼らが中に入ると、クラシックな衣装に身を包んだ二人の人物が出迎えました。
「「いらっしゃいませ。お嬢様。」」
「こ、こんにちは!」
思ったよりもしっかりとした歓迎にシャロンは面食らいながらも、はきはきと挨拶をしました。
「えーっとこういう方たちって、めいど?ひつじ?っていうんだっけ…ね!」
ケイ…と言おうとしたところでシャロンはピタリととまります。ケイはシャロンの言うことを聞かずに本物の猫のように毛繕いを始めました。
(ケイは人前では猫のふりをするのよね…不思議だわ…)
ケイが役にたたないと思い出したシャロンは二人に話しかけました。
「ひつじさん、ここに住んでおられるのは貴方方だけなんですか?」
ひつじと呼ばれた男はクスリと笑った後こたえます。
「はい、ご主人様がなくなった後執事の私とメイドのメアリーだけで住んでおります。」
紹介されたメアリーはにこにこ笑ってお辞儀をしました。
シャロンも慌ててカーテツィをかえしました。ミモレ丈のスカートがふわりと広がります。
「私達、旅のものなんです!私はシャロン…で、こっちの黒猫が…」
「みゃお」
「ケイです。」
執事は穏やかに笑いました。
「かわいらしいお仲間ですな。FΓ型ですか?」
「そうなんです!」
「いいですよね…FΓ型。学習機能も優れていますし、何より可愛い!
私のご主人様もFΓ型の犬を飼っていましたが、……暫く前に機能停止してしまいました。」
少し寂しそうに執事は言い、空気を切り換えるように手をパンッと叩きました。
「お客様が来て下さるのは久方ぶりです!おもてなしいたしますからどうぞこちらへ。屋敷の裏に畑があるんです。新鮮な野菜を使ったディナーをご馳走いたします。」
私達には本質的には必要ないものではありますが…と付け足して執事は軽くウインクをしました。
「あ、ありがとうございます!ケイも…いいわよね?」
シャロンはケイをちらっと見ます。ケイは相変わらず毛繕いをしていますが、少しだけうなずいたように見えました。
「では決まりです!ディナーができるまで…メアリー、シャロン様を案内しておいで」
メアリーはにこにこ笑いながら、こっちと言うように手招きました。
お屋敷探検のはじまりです。
同じような作りの部屋が、縦にずらーっと並びます。どの部屋もいごごちよく整えられていて誰かに使われるのをずっと待っているようです。
メアリーはそれはそれは嬉しそうにシャロンを案内します。
メアリーを見ているとシャロンもなんだか嬉しくなってきました。思わずステップを踏みます。
「ねえ、ケイ!こんなにいっぱい部屋があってみーんな人が泊まっていたのかしら。人類ってずいぶん沢山いたのね。」
「みゃー」
「むむむ、答えてくれないわね…」
次は、中庭です。心地よい風がふく中庭もよく手入れされて色とりどりの花が咲いていました。
メアリーはやっぱりにこにこ笑っています。
ふとシャロンは中庭の一角に小さな石碑を2つ見つけました。そこには何と書いているのかシャロンには読めませんでしたが一際綺麗に手入れされていました。
次に入った部屋には、いっぱいお洋服がありました。メアリーはにこにこ笑ってじゃーんとフリルのめいっぱいついたメイド服をシャロンに差し出しました。
「これを、着ていいの!?可愛いわ!」
シャロンは目をキラキラ輝かせました。早速着替えようとしたときスルッとケイが入って来たのが見えました。
シャロンは顔を真っ赤にして
「ケイのすけべ!バカ!変態!」
哀れケイは部屋のそとに追い出されてしまいました。
「にゃおーん……」
螺旋階段を上ってついに屋根裏部屋まで、つきました。もう日が暮れかけていて、全てが真っ赤に染まっていました。
「ふふふっケイ赤猫になってる」
そうシャロンが言うとケイはペロッと舌をだしました。
するとその時、
「あぁねぇぎゃうしやす」
メアリーが初めて喋りました。不快なノイズがまじった声でした。吃驚してシャロンはメアリーの顔を見ようとしましたが、夕日で顔がよく見えません。
「あ゛んのひぃとおとべでくぅださぃ」
「え…っ、それって…」
「ディナーができましたよ」
いつの間にか後ろに執事が立っていました。
「ずいぶん探しました。メアリー、案内してくれてありがとう。」
執事に案内されながら、シャロンはちらっとメアリーの方を見ましたが、やっぱりメアリーはにこにこしたままでした。
広い食卓には沢山のご飯が並んでいます。新鮮なサラダに、グツグツのシチューに、分厚いステーキに、ふわふわのパン!思わずシャロンのお腹がぐーっとなりました。ケイが悲しそうな声で「にゃーん」と鳴きます。
「さあ!どうぞ召し上がれ!出来立てですよ!
」
「いただきまーす!」
楽しい食事がはじまりました。シャロンは、はふはふとシチューを頬張って感極まったように足をバタバタさせます。
「ずいぶんと美味しそうにたべるのですね」
「はい!最近カンパンばかりで…」
ケイがしっぽで、シャロンの足をぽふっとたたきました。
「あ!えーっと新しい型なので、味感知器能がついてるんです!」
「そうなのですか。ちゃんと合うか心配ですね…」
「え、今なんて?」
「いえ、なんでも。」
シャロンはその後も食べ続け、出された料理をペロリと食べきりました。
「本当にありがとうございました!」
ディナーの後、帰りじたくをすませたシャロン達は玄関に立っていました。
「いえいえ、こちらこそありがとうございます」
そして、ドアを開けようと…
開きません。
「あ!私ったら忘れてたわ!自動ドアだったわね!すみません…あけていただけますか?」
執事はそれを聞いてにっこりと笑って
「開けませんよ。」
シャロンを殴り付けました。
頭がなんだか痛みます。シャロンは夢を見ていました。あの日ケイがシャロンを迎えに来た日を。なぜそこにいたのかはもう覚えていません。ただ、彼女は廃墟に立っていて、周りには誰もいなくて、一人で泣いていました。
そこに黒猫が現れて、涙をペロッとなめました。そして
「君の名前はなんというのですか?」
喋りました。
「……」
「わからないですか…じゃあ、そうだな…うーん。シャロン。シャロンがいいですね。」
トンっとシャロンの頭の上にケイがのりました。
「いいですか?シャロン。僕たちは」
「シャロン!!」
泣き叫ぶようなケイの声でシャロンは目を覚ましました。
ケイは怒りに燃えた瞳を執事に向け、ガチャガチャと手足を変形させていきました。愛玩モードから、バトルモードへ。
「シャロンを放せ!」
肝心の執事は顔を青くしてなにやらぶつぶつと呟きながらシャロンの体を調べています。
「おかしい。人口心臓がない。コアがない。ギアもない。これでは、これではまるで」
「【人間だ】って言いたいの?」
シャロンが話すと、執事は真っ青になってもう一度、今度は蝋燭立てを振り下ろして
ケイの放ったビームによって撃ち抜かれました。
壊れた執事の体はプスプスと音をたて、機能停止まで、幾何もありません。メアリーがかけよります。
「なぜ…だぁ…なぜアンドロイドではないんだ!」
実のところ、百億人を越えていた人類は、穏やかな終演をむかえました。
ですから、そこにあるのはただ廃墟だけ……ではありません。
そこには新人類が住んでいます。アンドロイドです。人の手を離れたアンドロイドは命令する人もいないまま、ずっと住んでいるのです。
執事は上の空で語り続けます。
「百年だ。百年待った。他のアンドロイドが来るのを。メアリーが機能を停止してしまう前に!新しいコアを他のアンドロイドから奪うために!だが、何故?何故だ?何故コアがない?何故アンドロイドではないんだ?」
シャロンは思い出しました。あの日ケイが言ってくれたことを
「いいですか?シャロン。僕たちは【最後の人類】なんです。」
そうして、その可哀想なアンドロイド達を見つめました。
メアリーはやっぱりにこにこしながら、でも、目から涙を流していました。
「あぁ、メアリーごめんよ、君の為のコア、手に入らなかった…」
「ぃらなぁい゛!ぃらなぁい゛よ!」
メアリーの涙で濡れるのもかまわず、執事はメアリーの頬を撫でました。
「表情も、声も、壊れても僕のために泣いててくれて、ありがとう…」
ケイは押し黙り、二体を見つめています。
執事はシャロンの方を向き、
「君はにん…げんの生き残りだったんだね。手荒なことをしてすまない…利用するためとは言え…お客さんが来てくれて嬉しかっ…た…いつからか…おかしくなってたんだ…ご主人様がいなくなって…ロバートもいなくなって…メアリーまで、いなくなるのがたえられ…なかった…だから他人のコアを奪おうと…」
今度はケイの方を向きました。
「止めて…くれて…ありがとう…」
そして、
「メアリー…あい…してる…」
メアリーの腕の中で、機能を停止しました。
シャロンは呼吸が早くなるのを感じ、ケイをみます。機械の顔からは何も伺いしれません。
メアリーがゆっくりこちらを振り返りました。振り返った顔は、笑っていました。
作りものの笑顔ではなく本当に聖母のように微笑んで
「ありがとう」
そう口を動かしました。次の瞬間、ケイが動こうとするまもなく
自分のコアを抜き取りました。
後にはEα型アンドロイドと、Eβ型アンドロイドの骸だけが残りました。
月の光が二体のアンドロイドを優しく照らしました。
シャロンは借りてきたスコップで、そっと二人に土をかけました。中庭には、主人と思われる白骨化して随分たつ遺体とFΓ型の犬のアンドロイドが埋まっていました。
そのとなりに二人を埋めたのです。
2つの小さな石碑は4つになりました。
「ケイ…人魚姫の最後ってどうなるのかしら」
「人魚姫は大空の娘たちのところへ行って、永遠の魂を授かるために良い行いをするんだよ」
「アンドロイドもそうなのかしら?」
「わからない…」
シャロンの瞳から大粒の涙が溢れだしました。
「ねえ、ケイ。私、アンドロイドなら良かったんだわ。そしたら」
「それ以上は言っちゃいけないよ。それにもしシャロンがアンドロイドでコアを差し出そうとしても僕がそれを許さない。だって」
「だって?」
「君は僕のお嫁さんだからね」
「……ケイってずるいわ!自分勝手だわ!」
「ズルくて結構。僕は君の為ならなんだってするよ」
ケイはシャロンの涙をペロッとなめました。
「……っ!」
「ほら、早く駅まで戻ろう!汽車がでちゃうよ!」
汽車(正確にはコメットタイプC)に帰るまで、シャロンが口をきいてくれなくなったのを、ケイが後悔するのはまた別のお話。
スクリーンと何やら沢山の機械に囲まれた部屋。ブルーライトに照らされた少年が、読書をしています。その横顔は作りもののように整っていて、真剣な瞳で文字を追います。
そして、
「なにがあっても君を守るよ」
「僕が騎士になろう」
何やら恥ずかしい言葉を呟いていました。
よくよく見ると本は漫画、それも少女漫画のようです。
「うーん。どれが一番シャロンが喜んでくれるんだろう?」
スクリーンのひとつで、少女、シャロンの寝顔を見つめながら少年は呟くのでした。
余談ですが、天気に、贅沢なお酒に食事、見る夢までコントロールした人類ですが、ひとつだけ制御できないものがあったらしいです。
その名は【恋】というそうです。
これは人類最後の花嫁のお話。
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