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顔をあげると、街路樹であるヒメリンゴが、実を揺らしていた。まだ青くて小さいが、以前よりも成長している。
「……ここ十日ほど、花屋に行っていないの。……私がよけいなことを言ったから、会うのが気まずくて」
信号が青に変わる。藍は歩きながら、自分の髪を指ですくっていた。
「連絡は取ってる?」
「連絡先、知らないの」
「うーん」
「……私はどうすればいい?」
藍は深刻な表情で、遥奈の悩みを聞いていた。そしてやけに髪をいじっていたかと思うと、ふっと息を漏らした。
「遥奈。私は彼氏いないし、募集もしていない」
「へ?」
「恋愛相談に向いてなくてごめん。どうすればいいんだろうね?」
投げやりなのか、藍は笑っていた。
「藍ちゃん。宏樹さんとはそんなんじゃ……」
「ごめん。遥奈と宏樹さんの話、けっこう知り合いに話したんだわー」
「ちょ、なにしてくれてるの!」
遥奈は藍の背中を叩いた。「いた」と、藍が短く言う。
顔に熱が行く。自分でもわかっている。
宏樹を友人として想っているなら、こんなにも迷わない。
「遥奈へのアドバイスが合っているか不安だった。……だから携帯で、彼氏持ちの連中に話したの。『友達が店員さんに惚れたっぽい』って」
藍はへらへらしていたが、いつもより穏やかな口調だった。
「……高校時代の、栞って後輩がね。すぐに返事くれたの。『店員のお兄さんを好きになる気持ち、わかります』って。絵文字とスタンプつきで」
「経験者?」
「みたいね。で、栞にご相談したの。『どうすればいいと思う?』って」
「返事は」
「『楽しめばいいですよ』だって」
「ええ……」
思っていたのと違う答えに、遥奈は肩を落とした。
「まあほかの連中は、レシートもらうときに連絡先を渡せとか、すぱっと告白しちゃえとか、向こうが告白するまで焦らせとか、面白半分にアドバイスくれたよ」
「どれも無理」
「私は、さっさと遥奈から告白すればいいと思っている」
「藍ちゃん?」
「彼氏彼女になったら、気兼ねなく話せそうじゃない」
「なんでオーケーされる前提なの」
「なんとなく」
「……彼氏彼女になっても、私、長続きしたことないよ」
「次は違うかもよ」
藍は遥奈のトートバッグに入っている、『La maison en bonbons』と書かれたシールが貼ってある紙袋を、じっと見た。
「遥奈。オレンジマドレーヌで、どの辺の運気があがっているの」
「……全体?」
深く考えず占いにすがったので、詳細は覚えてなかった。
「全体か。いいね」
藍はにやっと笑った。その後ろでは街路樹のヒメリンゴが並んでいる。
「例の花屋さんって、ここから遠くないでしょ?」
「ええ」
「ラッキーアイテムも持っているんだから、会いたいなら、今すぐ行きなよ。これは人間関係のアドバイスね」
「……藍ちゃん」
「ほっといたら会えなくなるよ」
遥奈は藍の手を握り「今度埋め合わせする」と、繰り返しお礼を言った。それからヒメリンゴが両側に並ぶ通りを歩きだした。
目的地の花屋へと向かって。
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