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オレンジマドレーヌ
八月最後の日曜日。互いに予定が空いていた日。
遥奈は大学の最寄り駅で、友人の藍を待っていた。『La maison en bonbons』と書かれたシールが貼られた紙袋を、両手で抱えながら。
時刻表の時計が、十時ぴったりを示したとき。
「遥奈。待ったー?」
ヴィンテージファッションに身を包んだ藍が、横断歩道の向こうから呼びかけてきた。遥奈はにっこり笑った。
「全然だよ。藍ちゃん久しぶり!」
藍から『暇ならボーリングに行こう』と誘いを受けたのは、昨晩のことだった。携帯でメッセージを交わすうちに、そう誘われた。
藍は目ざとく、遥奈が持っている紙袋を見た。
「なにそれ。お菓子?」
「うん。オレンジのマドレーヌ」
紙袋を持ちあげると、中の菓子が動き、かさりと音を立てる。
「山羊座の今日のラッキーアイテムだから。今朝、買ったの」
「え。山羊座?」
「忘れたの? 私は山羊座だよ」
遥奈は大切そうに、幸運のお菓子が入った紙袋を、トートバッグにしまった。
「藍ちゃん、あとで分けようね。分けっこして食べたら、とっても美味しいから」
「……ん」
藍は眉間にしわを寄せている。
遥奈は正しく回れ右の動作をして、駅の正面口に背を向けた。
「さあ、ボーリング場へ!」
「待て。遥奈」
ドラマの刑事のような声色で、藍が遥奈を呼び止めた。尋問がはじまる。
「あんた今日テンションおかしい」
「普通だけれど?」
「……山羊座のラッキーアイテムだったから、わざわざマドレーヌを買ってきたの?」
「ええ。オレンジの」
「その占い、テレビで毎日やっている『今日の運勢』?」
「う、うん」
「……今まだ十時だよね」
「……行ったお店、九時から営業しているから」
遥奈は手をもじもじしている。じとっと睨まれているので、シャッター前で待機して開店と同時にマドレーヌを買ったなんて、とても藍には言えない。
「なんなの。私はマドレーヌよりフィナンシェ派だってのに!」
「そこはいいでしょ!」
遥奈は「とにかく」と、藍をボーリング場へと促した。
横断歩道の手前で信号が変わるのを待っているときに、藍が言った。
「……花屋のお兄さんと、なにかあった?」
「……あった」
一陣の風が吹いた。
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