八月のリンゴ

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八月のリンゴ

 遥奈は『フラワーショップ花小箱』に寄ったあと、先祖が眠る墓地へと向かった。矢野店長が包んだ仏花を、力なくぶらさげながら。  墓地に続く坂道をのぼりながら、矢野の言葉を思い出す。  ……宏樹? 最近は学校に熱心で、バイトに来てないわよ。  ……遥奈ちゃんが来たって、私から言っておこうか? え、いい? そうよね。自分で連絡するわよね!  以前の従業員も戻ってきたので、矢野はあっけらかんとしていた。遥奈は拍子が抜けて、愛想笑いを続けた。  気落ちしながらも、墓参り用の花を買った。ヒサカキと和菊とカーネーション。すでに組み合わされていた仏花を、そのまま購入した。 「うまくいかないなぁ」  ひとり、ごちる。  墓地は高台にあった。坂道をのぼりきれば、汗が浮かぶ。ボーリング用に履いてきたジーンズパンツが、肌に貼りついて暑い。けれど吹いてくる風は涼しく、秋の気配がした。  宏樹が大学に行きはじめた。この事実は、遥奈の気持ちを軽くした。  ……会えなかったが、良い結果は聞けた。大じいちゃんの墓に参ったら、もう帰ろう。  遥奈は水場からバケツとひしゃくを持ち出すと、てきぱきと墓の掃除を行った。日曜の十時過ぎに墓地を訪れている人間は少なく、遥奈が立てる水音は、辺りによく響いていた。  線香を持ってこなかったので、かわりにと、オレンジマドレーヌを供える。そして瞼を閉じて祈った。  ぶんと、大きな羽音が聞こえた。思わず遥奈が目を開けると、もこもこした体毛の丸いハチが、お供えのカーネーションに止まっていた。縞模様のハチだ。 「わ、クマバチ」  遥奈はそのハチを刺激しないよう、静かに後ずさりした。ハチが花から飛びあがったので、慌てて大きくさがった。  後ろのブロック塀に足をぶつけ、転びそうになる。そのとたん、強い力で肩を支えられた。 「温厚なハチだから、そう怯えなくても大丈夫ですよ」 「………」 「あと、あれはマルハナバチです」  遥奈は支えられながら、ゆっくり口を開けた。 「宏樹さん。どうしてここにいるんですか」 「……別に」  宏樹が気まずそうに、遥奈の肩から両手を放した。  遥奈は名残惜しそうに、自分の肩に触れた。温かい感触が残っている。  夢じゃないと、そう思った。
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