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「私は、もっと気が利いた会話がしたいの。……大学生同士だし」
矢野店長は、宏樹は農学部の一年だと言っていた。遥奈よりふたつ年下だ。
「年が近いなら、気軽に話しかければ?」
「無理、無理。この間だって全然話せなかった! 藍ちゃんは男兄弟がいるから、男子とも話せるのよ」
「そこ関係ある?」
「一般論ではそうでしょう? 異性の兄妹がいるほうが、異性に早く慣れるって。私には妹しかいないもの……だから私に男友達がいないのも、男のひととうまく話せないのも、しごく当然」
遥奈は得意げに顎をあげた。
「へー」
藍は興味ないと言わんばかりに、卵サンドイッチを食べている。
「……けどさ。遥奈の妹ちゃんは、男友達いるよね」
「……そうね。あの子は大の仲良しが、男の子だったときもある」
「お姉ちゃんしかいないのにね」
遥奈はなにとなしに、空っぽの弁当箱をトートバッグに入れた。
「妹は妹。私は私」
「こら遥奈」
「と、とにかく」
遥奈はまた「とにかく」で仕切り直すと、藍の手を握った。
「どうしたら花屋のお兄さんと会話が弾むか、一緒に考えてほしいの」
「花屋のお兄さん、お名前は」
「えっと……ひ、宏樹さん」
「宏樹さん。名字は?」
「知らない」
「そっかー。……じゃ、宏樹さんがどんなひとだったか、もっと詳しく教えてよ」
藍は薄笑いで、遥奈の話を聞き出した。
「頑張って近づかないとね。遥奈」
◇◇◇
藍と話してから三日後。
遥奈は再び『フラワーショップ花小箱』に向かった。出かける前に眼鏡を念入りに拭き、服にしわがないかチェックした。来店前には手鏡で身だしなみを整えた。
遥奈は気を引き締めて『花小箱』の中に入った。
「あら遥奈ちゃんいらっしゃい。今日もお墓参り?」
「ええ。こうも暑いと、お花が心配で」
「ちょっと待ってね」
矢野は接客中だった。レジ前のスペースで、お盆のアレンジメントの内容を聞いている。遥奈はレジ前を通り抜け、店内を見回した。
宏樹は奥で、かすみ草の茎を切り直していた。
遥奈は思い切って、彼に声をかけた。
「こ、こんにちは」
「あ、いらっしゃいませ」
「えっと、またお会いしましたね」
「……先日、向日葵を買っていかれた方ですよね」
「そうです。あの、今日も暑いですね」
「はい」
「本当に暑いですね……」
……なんで『暑い』を繰り返したんだろう。今年で二十一歳になるのに、情けない。
焦りで玉となった汗が、遥奈の頬を伝う。
宏樹は遥奈の様子を見て、優しく笑った。
「外は大変だったでしょう。グリーンティー、いかがですか?」
「……いただきます」
「はい。待っていてください」
「あ、自分でやります!」
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