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遥奈は慌てて、宏樹のもとに駆け寄った。宏樹は涼しい顔で、保冷ピッチャーを持っている。
「いいですよ。お客さまなんですから」
「で、でも、たいてい勝手に入れていますし……」
宏樹は慌てふためく遥奈を後目に、冷たいグリーンティーを用意した。
「どうぞ」
「……ありがとうございます」
遥奈はおとなしく、宏樹からグリーンティーを受け取った。
グリーンティーはいつもどおり美味しかった。清々しくて甘くて、よく冷えていて。毎回用意してくれる矢野さんも、すすめてくれた宏樹さんも、いいひとだ……。
「井口さん」
ふいに名字で呼ばれ、遥奈は顔をあげた。
「今、伯母と話してきました。僕で良かったら、ご注文を聞きましょうか?」
「え」
「伯母はまだ接客中ですし。花を選ぶとき、そうアドバイスできませんけれど」
「そんな。助かります! ……あの。あなたの名字、聞いてもいいですか」
「矢野です。亮子伯母さんの旦那さんが、僕の父と兄弟でして」
「矢野さん、なんですか……」
遥奈は店長の矢野亮子のことを「矢野さん」と呼んでいた。宏樹を名字で呼ぼうと思ったが、呼び方が被ってしまう。
「伯母からは『宏樹』って呼ばれています。まあ、なんでもいいですよ」
宏樹は遥奈がグリーンティーを飲んでいる間に、かすみ草の切り直しを終えた。
遥奈は一服したあと、大きく息を吸った。
花の香りが肺に満ちていく。リラックスした頭に、友人の言葉が、水草のように浮かんだ。
――ゆったり話すだけなら、性別は意識しなくていいよ。
「グリーンティー、ご馳走さまでした」
――話の内容も事務的でいいの。緊張しないことが大事。
「お墓参り用のお花をお願いします。用意されている仏花に、数本、買い足したいので、日差しに強いお花を教えてくれますか?」
「かしこまりました」
宏樹はレジ前に置いてある、仏花用のヒサカキの束を取った。
そして丸く咲いたアザミに目をやり「棘があるか」と呟く。棘や毒がある花は、墓には向いていない。
「私、アザミは好きですよ。まんまるのお花が可愛くて」
「まんまる。じゃあ、丸いスプレーマムはどうですか? 定番のキク科」
宏樹は切り花の中から、毬のように丸いキク科の花を、選び取った。中央がほんのりと赤い、白のスプレーマム。六月に咲いていたヒメリンゴの花と同じ色合い。
宏樹の提案が気に入った遥奈は、二種類のスプレーマムを買った。
それから遥奈は、週に一度だった墓参りを、週に二度のペースで行った。大学が夏休みに入っても『フラワーショップ花小箱』に通った。そのたびに宏樹と話したので、お盆を過ぎたころには、会話に困らなくなっていた。
「お盆が終わるまでのアルバイトです」と話していた宏樹は、八月下旬になっても、花屋の臨時アルバイトを続けていた。
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