シブースト

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シブースト

「マリーゴールドが食べられるハーブって知ったから、私、育てていたマリーゴールドを、サラダにかけて食べてみたんです」 「へえ。美味しかったですか?」 「癖があって、かなり苦かったです」  プランターで育てていたマリーゴールドの花びらを、よく洗って、レタスのサラダにふりかけた。サフランのような黄色が食欲をそそったけれど、味は期待はずれ。  宏樹はグリーンティーを飲みながら、遥奈の話を聞いていた。 「もしかして……井口さんが食べたマリーゴールドは、葉が羽状で、ぎざぎざしているものですか」 「はい」 「それたぶん、フレンチマリーゴールドです。観賞用のマリーゴールド」 「え?」 「食用ハーブのマリーゴールドは、ポットマリーゴールド。キンセンカって和名でも、親しまれている花です」  葉はへら状で、ぎざぎざではない。遥奈はその特徴を聞いて、顔を赤くした。 「……私、間違えたんですね」  遥奈が渋そうにグリーンティーを飲む。 「大丈夫です。フレンチマリーゴールドを食べても、体に害はないので」  宏樹の口調はのんびりとしていて、なんの嫌味もなかった。  遥奈は今日、用事がないのに『フラワーショップ花小箱』に寄っていた。大学の夏季集中講座の帰りに、店の外にいた宏樹と目が合い、二言三言の会話をした。すると「暑いですから」と、店内を薦められた。店内にいた矢野が、朗らかにグリーンティーを注いだ。  遥奈は宏樹と話すのに、なにも困らなくなっていた。入荷した花について。遥奈の受講内容。ベランダでの植物の育て方。宏樹がハチを使った農業に興味があること――話の種は、たくさんあった。 「駅からここに来るまでの道に、ヒメリンゴの木が植わっているじゃないですか」 「ありますね」 「あれも最初は、絶対に食べられると思っていました……観賞用なんですね」  グリーンティーのピッチャーを持った矢野が、声に出して笑った。 「遥奈ちゃん、食べるの好きよね」 「そうなんです」  苦笑いを浮かべる遥奈の前で、おかわりのグリーンティーが注がれていく。 「私、花も団子も好きです」 「そろそろお茶菓子も用意するべきかしらね」  矢野は「ごゆっくり」と笑って、ふたりの側を離れた。  心なしか矢野の言い方には、含みがあった。かん違いされていないだろうか。男女とはいえ、友人関係なのに。
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