シブースト

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「この場にお菓子まであったら、毎日、ここに来ちゃいそうです。グリーンティーだけで十分です」  遥奈がそう言うと、宏樹の顔がほころんだ。 「井口さんは、どんなお菓子が好きですか?」 「え? ええと……そうですね。リンゴを使ったお菓子が好きです。誕生日ケーキに、リンゴのシブーストを選ぶくらい」  シブーストは、メレンゲ入りのカスタードが主役のケーキ。やわらかくて甘いカスタードとパリッとした苦いキャラメリゼの、コントラストが、多くに好かれている。  アクセントとしてリンゴのソテーが入れられたシブーストは、遥奈のお気に入りだった。 「私の家の近くにある、ボンボンってケーキ屋さんが、秋になると、色々なリンゴのケーキを出してくれるんですよ」  リンゴのソテーを食べれば、ずっと味わいたくなるような甘さが、口に広がる。 「宏樹さんは、どんなケーキが好きですか?」 「僕もリンゴのケーキ、好きですよ。アップルパイとかよく食べます」 「美味しいですよね!」  レジ台には、宏樹が作ったフラワーアレンジメントが置かれていた。中央には小さな青リンゴが飾られている。 「今度なにか買ってきましょうか。……宏樹さん、ここのバイトはいつまで続けられる予定ですか?」  遥奈は宏樹が『花小箱』のアルバイトをやめる前に、なにか差し入れをしたいと思った。  新物のリンゴで作られるケーキが出てくるのは十月からなので、それを渡すのは難しそうだけれど。 「……ちょっと、迷っています」  宏樹は言いよどみ、レジ台のアレンジメントに視線をやった。 「明後日、僕が穴埋めしていたバイトの方が、復帰するんです」 「怪我が治ったんですね。よかった」  宏樹はバイク事故で休んでいたアルバイトのかわりに、臨時で花屋仕事をはじめた。今はフラワーアレンジを手がけるくらいに成長している。 「伯母は僕に、このまま残ってくれてもいいと、言ってくれたんですが……。夏休みが終わりますし」 「あとひと月くらいですね」  遥奈の大学の夏休みは、九月半ばまであった。  宏樹は静かに立ちあがり、アレンジメントに手をやった。
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