シブースト

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「井口さん。大学は楽しいですか?」  問いかける声も、花を触る指も、細い。かすかに震えている。  そこに気がついた遥奈は「はい」という言葉を、飲み込んだ。  問いかけには慎重に答えた。 「……悩むこともありますが、どうにか通えています」 「見習いたい」  宏樹の声は細く、陰りがあった。  宏樹は大学一年で、遥奈は三年。……通っている時間に差があるものの、思えば、宏樹は学校での話をしない。  自然産業に関心がある宏樹なら、農学部の日常を教えてくれそうなのに。 「僕の大学の夏休みは、お盆まででした。もうはじまっています」  宏樹が声を落としているのは、伯母の矢野に聞かれたくないから。遥奈はそう察した。 「宏樹さん。大学はどんな感じですか?」  無神経な質問かもしれなかった。 「わかりません。……六月から、不登校気味なんです」  ある程度は予想していた答えが、返ってきた。 「僕は昔、体が弱い子でした。休みがちなことから、小、中と、不登校になってしまって」 「………」 「高校は大丈夫だったんですが、大学は……。構内で中学校の同級生に再会したからか。いや、……よくわからないうちに、少し億劫になったんです」  そのころに伯母の花屋『花小箱』で欠員が出たから、渡りに船で、手伝いにいった。  宏樹は小さな声で、そう続けた。 「大学生にもなって不登校になるなんて、おかしいですよね」 「別に」  遥奈は宏樹の側に立ち、フラワーアレンジメントに触れた。  頭には、忘れられない光景が浮かんでいた。  もういい。先生とは遊ばない――。そう言って、教育実習生の遥奈から離れた子。  好かれなかった理由はあとで知った。歌に参加しないで、部屋の外にいたその男の子への声かけを、誤った。  ……みんなが大好きな誕生日の歌だよ。一緒に歌おう。  その子の親が療養中で、家族で誕生日を祝えていないと知らず、決まり文句で手を引いた。パーティーで楽しくケーキを囲む歌を、歌わせようとした。  誕生日が嫌いなその子に、自分の当たり前を押しつけた。  遥奈はアレンジを見ながら、宏樹に言った。 「おかしくありません。いくつになっても、環境が変われば、調子も変わります」 「……先生みたいなこと、言うんですね」 「幼稚園の先生に、なるつもりですから」
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