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花と青リンゴが生けられたアレンジメントは、水を吸い取って、美しく咲いていた。
「……子供と接していると自分が不甲斐なくて、落ち込むときがあります。私は頭が固くて配慮が足りない。………ですから、宏樹さんみたいに優しくなりたいです」
「優しくないですよ」
「優しいですよ。はじめて会ったとき、花みたいなひとだなって、思いましたもん」
「……花?」
「花です。宏樹さんはそれくらい魅力的な男性です。私にとって」
「井口さん?」
宏樹が、やや間が抜けた声を出した。
「宏樹さんは素敵です。物静かで穏やかで。そして優しくて。……私は粗暴な男性が苦手なので、宏樹さんみたいな方がいいです」
遥奈の声が上擦った。
「先生みたいなことを言う」と指摘されたので、マニュアルにない言葉で、宏樹を元気づけようとした。あの男の子にはひどいことを言ったから。
「いや、待って。まず『花』は褒めすぎ」
「花です。褒めすぎじゃないですよ!」
遥奈は強く言った。
たくさんの切り花に、囲まれながら。
「宏樹さんは優しいから。ここの花みたいに、私に元気をくれます」
「……接客業だから、当たり障りのないことを言っているだけです」
「……今もそうですか?」
「……いえ」
向日葵。スプレーマム。グリーンティー。
宏樹が遥奈に選んだものは、どれも真心が感じられた。
「花って、根がやられると育たないでしょう。小さな鉢で根詰まりを起こしたり、土の下で虫に噛まれたりすると、駄目になりますよね」
宏樹は小さく頷いた。
「宏樹さんがさっき話してくれたことは、あなたの見えない根の部分で――もう。どう言えば伝わるんだろう? ……傷がついているけれど、花に繋がっている、立派なところです」
「………」
「……だからそんなに恥じないでください。宏樹さんはどこにいても、魅力的ですから」
「やっぱり、褒めすぎ」
宏樹は一度目元を押さえ、遥奈に背を向けた。そしてグリーンティーが入っていたコップをふたつ持ち、店の奥へと歩いた。
「……花を買うなら、今日は、伯母に頼んでください」
宏樹は空になった器を下げる体で、遥奈から離れていった。
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