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第4話 駆出し陰陽師と多忙な上司
「おい、季風。ちょっとツラ貸せ」
陰陽寮の一角に急ごしらえ感満載で作られた、調伏を専門とする陰陽師達の室。そこで式神作りに勤しんでいた季風に、上司が手招きと共に声をかけてきた。
上司の名は、瓢谷隆善。元々、この部署ができる前から陰陽師として活躍していたそこそこの実力者のはずなのだが……季風の姉に弱味でも握られているのか、恩でも売られたのか。色物集団として名高いこの部署の統括役を本来の業務と兼任で担っている。
尚、季風の名は本来であれば〝すえかぜ〟である。しかし、勤務中は〝きふう〟と有職読みで呼ばれる事が多い。隆善も本来なら〝たかよし〟だが、普段は〝りゅうぜん〟と名乗るようにしている。
本来の読み方が相手に知られる事で、呪われてしまう事もあるからだ。呪詛や解呪、調伏を行う陰陽師は、死と隣り合わせの危険な仕事なのである。少なくとも、季風の感覚では。
それはさておき、その上司のお呼びである。季風は恐る恐る小刀と紙を机に置き、隆善の許へと足を運んだ。
「何でしょうか? あの……先日の報告書に誤字があったとか……?」
「このクッソ忙しい時に誤字なんてつまんねぇ失態やらかした奴を、こんなに優しく呼ぶわけがねぇだろ?」
「別に優しくはなかった……いえ、それで、何の御用でしょうか?」
ここのところ依頼が立てこみ、下っ端の季風は勿論、上司の隆善もかなり忙しい。寧ろ、統括役である隆善が一番忙しいだろう。
つまり、最近の隆善はとにかく機嫌が悪い。元々機嫌の良い日の方が少ないぐらいなのに、輪をかけて少なくなっている。そして、隆善は元来気が短く、怒るとすぐに手が出る。手が大きくて握力が強いので、頭を掴んで五本の指で圧力をかけてくる事もあり、これがまたすこぶる痛い。
また、忙しい時に上司に呼ばれる、という事ほど嫌な予感がする事は無い。こういう時は大抵、余計な仕事が増えるものだ。
何が言いたいかと言うと、隆善と話をするのが怖い。
しかし、だからといっていつまでも引き延ばしていると更に怖い事になりかねないので、季風はすぐさま本題を問うた。
すると、隆善はぴらりと一枚の紙を手渡してくる。反故らしいその紙を裏返して見てみると、そこには走り書きで誰ぞの邸の所在が簡単に書かれていた。
「新しい依頼だ。お前、こないだまで受け持ってたがしゃどくろの調伏が終わったところだし、今なら手ぇ空いてるだろ。今からちゃちゃっと行ってこい」
その言葉に、季風はがくりと項垂れた。「やっぱり……」という言葉が、呻き声と共に口から漏れる。
助けを求めて回りに視線を配ってみるが、誰も彼もが忙しそうだ。調伏以外の能力が著しく怪しい者が多い部署とは言え、報告書ぐらいは自分で書かねばならない。そして、ここのところ依頼が立てこんでおり、いつでも必ず誰かが外に出向いている状態であり、手が空けばすぐさま次の依頼を担当させられるという具合であり。
つまり、ここに居る者は全員、報告書の作成中か、現在抱えている依頼を片付けるために調べものをするか誰かに相談している者なのである。暇な人間がいるはずがない。
隆善の方を見てみれば、目が「ぐずぐずしてねぇでさっさと行け」と言っている。このまま季風を呪い殺せそうな眼力だ。
命の危険を感じ、季風は即座に机の上を片付けた。
「それじゃあ、行って参ります!」
そう言うと、返事も待たずに室を出る。
このままぐずぐずしていたら、冗談抜きで己が調伏される側の存在にされかねない。
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