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第5話 駆出し陰陽師と桜の木
「桜の木の下に、女の鬼が出るのじゃ」
訪ねた邸の主人が、季風が問いかけるのも待たずにこう言った。そんな彼が指差す先には綺麗に整えられた庭があり、ちょうど満開を迎えたらしい桜の木が見えた。中々立派な木で、年季を経ていそうだ。ちょっとした古木である。
ひとまず桜の木について問うてみると、数年前に山から運び出してきて植樹した物だと言う。どこの山かと問えば、覚えていないという答が返ってきた。
「それで、出るんですか? あの桜の木の下に……」
本題に移ったところ、邸の主人は首を千切れんばかりに勢いよく振って見せた。
「そうなんじゃ! 桜の花が咲き始めてから、毎晩毎晩! 最初のうちこそ、見目麗しい女人よ、どこの姫が忍んで来たのかと思うておったが、家人でその女の事を知る者は誰一人としておらぬ! 誰の手引きも無しに敷地に入り、毎晩桜の木の下で一晩中立ち続けておる! ここまで来ると、見惚れる前に気味が悪くなってしまってのう……」
まぁ、たしかにその状況では、ただの人ではあるまい。ただの人であっても無断で敷地に入ってこられたら薄気味悪い。
「家人達も次第に気味悪がりだして、里に帰るの帰らないのと言いだす者まで現れてのう。それで、何とかあの夜桜の君を調伏して欲しいと、陰陽寮に頼み込んだ、というわけじゃ」
「夜桜の君?」
突然出てきた単語に季風が首を傾げると、主人は「おぉ、うっかり」と苦笑した。
「あの女を美しいものと思って見惚れておった頃に、戯れに名を付けたんじゃ。夜にのみ、桜の木の下に現れる、夜桜の君、とな」
「なるほど……」
頷き、そして季風は沓を履いて庭に降りた。すぐに結界を張れるぐらいには警戒しつつ、桜の木に近付く。
そして、桜の木の真正面まで進んだ時、季風は唖然とした。
木の周りに、全体的に掘り起こされたような跡がある。土竜などの動物では、このような跡はできない。明らかに、人が道具を使って掘り起し、再び埋めた跡だ。
「……あの、これは……?」
恐る恐る季風の後ろから様子を窺っていた主人に、木を指差して問うてみる。すると、主人は事も無げにこう言った。
「いや、何。いきなり呼び付けてしまっても悪いと思ったものじゃから、まずは自分達で調べてみたのじゃよ。ひょっとしたら、屍か、呪いの品か……何か埋められておるのやもしれんと思うてな。わしは、こう見えて書を読む事が趣味でな。呪術に対抗するすべも、いくつかは知っておる。じゃが、何も出てこなかった。ひとまず埋め戻して塩を撒いておいたが……」
その言葉に、季風は思わず頭を抱えた。こういう、中途半端に知識を持つ素人が一番怖い。
何故こういう人種は揃いも揃って半端に手を出して事態をややこしくしてから本職を呼び付けるのか。下手に手を出さず、最初から丸投げしてほしい。その方が、まだ面倒が少なくて済むというのに。
しかし愚痴を言ったところで始まらない。季風は、さっさと仕事に取り掛かる事にした。
ざっと見たところ、木自体に呪がかかっている様子は無い。周囲の土も同様だ。特に何かが仕掛けられている様子も無く、妙なものが巣食っているわけでもなさそうだ。
「……となると、夜を待ってみるしかないか……」
そう結論付け、季風は邸の主人に、庭で夜明かしする許可を求める。要望は、勿論即座に受け入れられた。
全ては、夜になってから。
夜を想い、気を新たに引き締めつつ。季風は桜の木を見上げた。
雪と見紛うような花びらが、ひらひらふわふわと、舞い落ちている。
綺麗な桜だな、と、季風は何気無く思った。
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