1.平凡、不良校へと無事入学

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1.平凡、不良校へと無事入学

   ここは不良校と名高い地元のとある高校。   「やんのかオラァ!?」    生徒の内訳は素行が悪い所謂不良って奴と、入る高校がなかった一般生徒。  つまり、仕方なく――というか、むしろ泣く泣く此処に入るしかなかった生徒に分けられる。   「上等だ、この野郎!! 表出やがれ!!」    形だけの入学式。新入生の半数以上はカラフルな頭髪の不良君達、普通というか真面目そうな生徒は……俺を含めて3人くらいだ。  椅子も並べられていない出席者もまばらな入学式が始まり、校長先生だと思われるご老人が入学おめでとうと言った瞬間。    体育館の入り口が勢いよく蹴り破られて、先輩方がご登場。乱闘とか勧誘とか逃亡とかで早々に経年劣化が激しい体育館からは新入生が居なくなり、残ったのは俺と同じ中学に通っていた坂本だけになった。 「お互い頑張ろうな……金井」 「うん、……まぁ頑張ろう」  流石に展開が速すぎて呆然としている坂本。頭が良くて成績も学年上位、中学時代は委員長やってくれてたりと品行方正。しかも、きりっとした凛々しい顔立ちをしていて、染めてない黒髪に清潔でさっぱりとした短めの髪型。  スタイルも良いから、悔しいくらいに黒の学ランがよく似合っている。悲しいけど、チビ平凡な俺とは全然違う。  だけど可哀相な事に受験シーズンに入院していて、入学可能な高校がここしかなかったみたいだった。身長差で見下ろされながら、坂本は困ったように苦笑している。 「金井、絡まれたり喧嘩を売られてしまったり。まあ、とにかく何かあれば俺に言え。どこまで通用するかは分からないが、助けに行きたいと思う」 「……それって俺がチビだから?」 「いや、見た目ではなく単純に知り合いがボコられたら、気分が悪い」 「うん、単純。けど、俺嫌いじゃないよ、そういうの。ありがと」  こんなとんでもない高校に来て、それでも他人に気を遣える坂本は凄いと思う。まあ同中だったから、っていう理由もそりゃあるんだろうけど。中学の時も何て言うか、嫌みじゃない正義感を持ってた。  こうやって真剣な声と眼差しで言われると、女の子は堪らないんじゃないかなとって思う。ただ真面目過ぎるから、そこが女の子にはマイナスポイントなのかも。    とはいえ、このご時世選択肢は女の子との結婚だけじゃない。  昔はごついタイプだった携帯も今じゃ紙みたいに軽いし、色々と技術は発達してる。  それでもどうにもならないことはあって、年々少子化は進んだ。    多産が奨励されて結婚した後の男女の労働とか支援や法が整備されて、徐々に回復傾向。  だけど、そこで問題が一つ。女子に対して男子の数が多い、というやつが。    そんなわけで日本も何十年か前に同姓婚が認可された。全面的に歓迎ムードとまではいかないけど、大分浸透しつつはある。最近はよっぽどの高収入じゃなきゃ、可愛い女の子との結婚は難しい。    それはともかく。  心配してくれる坂本には悪いが、俺は不良の先輩方にカモられる事も、ボコられる事も多分無い。 「でも、俺は大丈夫だよ。だって第一志望でここに来たから」 「……言い方は悪いが、お前正気か?」 「うん、正気正気。今から高校生活が楽しみで仕方ないくらいだよ」  坂本が唖然とした表情で俺を見てくる。そりゃそうか。  俺の見た目は黒髪平凡、目がちょっとばかり大きいくらい。他はまあまあ普通そうな奴が、わざわざこんな不良校に入学するなんて普通はない。 「坂本、クラス発表貼り出された!」 「あ、ああ……」  びっくりしている坂本の腕を掴んで、体育館の端にひっそりと貼られたクラス分け表を見に行く。  俺と坂本はAクラス、良かった一緒だった。 「一緒のクラスだな、よろしく金井。お前と一緒でよかった」 「俺も良かったよ。こっちこそよろしく、坂本」  中学の時に少し話した程度の俺を、気遣ってくれた坂本。  さっきも乱闘開始した時、咄嗟に動いて俺を庇おうとした坂本は真面目で良いやつだと、今の段階では思う。  多分俺の入学理由(・・・・)を知っても、変わらずに接してくれるんだろうな。  そうだったら嬉しいけど。 ―――――  他愛もない話をしながら体育館の外に出て校舎に向かう途中、校庭に近い場所には二年や三年の先輩方。  後輩の不良君達は早速先輩達にとやり合ったり、体を直角に曲げて挨拶したりしてる。 「坂本はさ、どっかの先輩達の下に行ったりとか?」 「……ここではもう、必死に勉強する必要も無いからな。親が泣かない程度には遊ぶつもりだ」 「え、じゃあ卒業後は?」 「親類が経営している会社がある。勉学より専門的知識を自分で習得してから、そのままそちらに就職の予定になっている。大学は、今後次第か」 「ほぉお、人生計画しっかりしてて凄いなぁ……」  ちょっと意外。風紀委員にでもなってこの学校の改革とかしそうだなって、思ってたから。  でも坂本は、多少朱に交わって朱くなる事も処世術の一つだと言いきってる。未来の事もきちんと見据えていて、それでいて現実的で坂本は賢い。 「で、お前はどうなんだ、金井」 「俺は」  と、言いかけた時。辺りがざわついた。  沢山の取り巻きを引き連れて、まあ騒がしいこと騒がしい事。    そいつは見た目からして無駄に筋肉だらけ。  あいつはこの学校で中々強いと言われているらしい、先輩のはず。勿論喧嘩の強さが、って意味で。    先輩の見た目に思わず俺がゴリラみたいだって呟くと坂本がむせた。俺達は目立たないように、移動する。 「あの人とかは?」 「一般市民に暴行を奮う噂や悪行を数々聞いている、俺は弱い者虐めは好かない」 「やっぱり知ってたか、俺も聞いたことあるよ」  図体がでかくて人相が悪い先輩、俺と坂本の間でのニックネームはゴリラに決定。そいつに駆け寄って挨拶する不良が絶えない。  ……俺は嫌だな、あんな醜くてふんぞり返ってるリーダー。それに暴力だけで人を従わせる事が、本当の支配なんかじゃない。一時的なまやかしで長く続けば、自分の弱さが露呈するのは時間の問題。    俺達は校庭の隅っこにある木に凭れながら、冷めた目でそいつらを見る。風でも出てきたのか、やけに木の上でがさがさと音がした。  あんなゴリラの話じゃなくて、本題に戻そう。 「じゃあさ、憧れてる先輩とかは? この高校って、割と喧嘩強くて地区でも有名な人多いけど?」 「憧れというのもおこがましいが、鮫川一派の方々だ。自分からは喧嘩を売らない、無駄に暴力を奮わないと聞いている」 「……へえ」  あ、これやばい流れだ。  本題に戻すんじゃなかった。 「俺の友人も不良にカツアゲされた時に通りがかった鮫川さんに助けてもらった、それ以外にも何件かそう言った話は耳にしている。だから、勝手に尊敬している」 「…………ほう」 「それに一派に居ると噂されている『金魚』 この人も随分と強いらしいが謎が多くて、とても興味がある。なんでも、小柄で可愛らしい美少女だとか。鮫川さんの恋人だろうか?」 「………………ふ、ふぅん」  坂本は拳を握って力説する、これはかなり心酔している雰囲気。  正直、諸事情によりとても耳が痛いです。   「鮫川海(さめがわかい)さん。あの人と関わり合いが持てるのなら、嬉しいとは思っている」 「坂本、もしかして私立行かずに此処に来た理由って……」 「……今まで真面目にやり過ぎてきたからな、多少は羽目を外しても構わんだろう」  ……呆れた、俺が思ってる以上に坂本はぶっ飛んでる奴だった。憧れてる人が居るからって、私立を蹴ってここまでくるなんて。 「坂本って……真面目だと思ってたけど、変わってるな」 「俺からしてみればお前も十分変わっている」 「ん? チビで黒髪で体型も顔も普通で平凡な俺の何処が変わってると?」 「さっきから平然とし過ぎてるだろ、喧嘩や先輩達を見てもビビる気配がない」 「あれれー? そうだっけー?」 「とぼけるな。……中学の頃にお前が喧嘩していたり素行が悪い噂は聞いた事がない、俺から見ても普通の生徒だったはずだ。金井、お前喧嘩慣れしてるな?」  坂本へと顔を向けると、怪訝そう……というより、寧ろ楽しそうな表情で俺を見ている。  中学の時は割とおとなしくしてたからバレなかったけど、ここに来てこれだけ落ち着いてれば、ねえ?  どう見ても喧嘩経験者モロバレですよね、流石に。  俺は苦笑しながら木に背を預けたまま、その場に座り込む。 「……そうだよ。殴る蹴るは苦手だけど喧嘩には慣れてる、そういう坂本も喧嘩できる人だよな?」 「今まで俺は、余程真面目に見えたらしいな。自分でも驚くくらいに、よく絡まれた。そういう輩が多い地域に自宅が近いから、それもある」 「あー……あそこね」 「そうだ。一発殴られた後に殴り返し、蹴りを喰らったならそれをこちらもお返しする。そんな感じで火の粉を払っていただけ……のつもりだ」  腕組みをしながらこっちを見下ろす坂本、今度はあっちが苦笑する番だった。  自分を守るつもりが他人を傷付けられるまでに強くなってしまったと、坂本は遠くを見ながら付け足しもした。 「そっか。俺も大体そんな感じかな、まあ色々互いにあるし大変だけどさ、変わってる者同士仲良くしません?」 「……そうだな、こちらこそよろしく頼みたいくらいだ」  俺の隣にしゃがみこんだ坂本に右手を出すと、笑いながらその手を握られた。 「変わっていると言えばお前の名前。特徴があって、すぐ覚えることが出来た」 「金井更紗(かねいさらさ)なんて……女っぽい名前だろ?」 「いや、響きが綺麗で良いと思う。更紗か……。よし、これから更紗って呼んでも?」 「良いよ、じゃあ俺も賢輔(けんすけ)ってお前の事呼ぶから」  坂本……じゃなくて賢輔とはやけに波長が合うのか、それからもびっくりするくらい話が弾んだ。  中学の頃はあんまり接点なかったけど、もうちょい早くに声掛ければ良かったな。入学式からこんなに親しい関係になれる奴と出会うなんて、思いもしなかった。  
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