3.金魚をつついて鮫が来る

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3.金魚をつついて鮫が来る

「賢輔、こいつは俺が。新入生君と残りは、よろしく」 「分かった、さっきみたいに同士討ちは無理だが大丈夫か?」 「多分、俺の援軍がもうすぐ来るはず。とにかく早くあっちを!」  ゴリラの攻撃を避けながら、戸惑う賢輔を促す。賢輔は一瞬躊躇った後、新入生君の方へと駆けていった。状況判断もきちんと出来て、本当に喧嘩でも優秀なやつだ。  さて、俺は本格的に対ゴリラ戦。  図体でかいから動きに隙が多い、おまけにパワーはあるけどそこだけに頼りすぎ。  一発一発が重い上にその前後の動作が鈍すぎて、正直さっきの雑魚達より簡単に避ける事が出来る。 「ちょろちょろうぜぇんだよ!!」 「当ててから言ったらどうですか?」 「っくそがぁああっ!」  逆上した逆上した(笑)  散々馬鹿にされて、とにかく俺を殴る事だけしか頭に無い様子で行動もワンパターン。反撃も頑張れば出来るけど……、そろそろかな。  俺は真っ赤になってキレているゴリラの顔を見ながら、真面目な声で言う。 「先輩、今ならまだ間に合いますから。負けを認めませんか?」 「うるせぇええっ!!」  ……せっかくチャンスをあげたんだけど、これだから小物は馬鹿なんだよ。  場の状況を感情に流されず冷静に分析し、次の手を何パターンも考える。  仲間の残存数を把握して、引き際を的確に見極める。  これくらいの事が出来ないくせに、お山の大将気取って弱いもの虐めして自分が強いと思い込んで。  あほらし。  俺はわざと回避の体制を解き、その場に棒立ちになる。  ゴリラはニヤリと下品に笑い、助走を付けて俺の顔目掛けて腕を振り上げる。それでも俺は動かない。  痛いのは嫌だよ、痣になるとかマジ勘弁ですが。 「更紗!!」 「金井君!?」  賢輔と新入生君が叫んでいるのが聞こえた。心配させて、ゴメン。  でも大丈夫だよ。    腰に回ってきたのは逞しくて強くて、でも本当は繊細な動きをする俺を守ってくれる腕。隣にいつの間にか立っているのは、俺の大好きな人。   「更紗に触る気か、クソが」    しっかりと俺の腰を抱きながら、まるで缶を蹴るような軽い動きで長い脚が動く。  ゴリラの拳が当たるより先に、あっちの腹に蹴りが綺麗にめり込む。  その一撃だけでゴリラは体を折り曲げ、苦悶に顔を歪めながらそのまま地面に沈んだ。    殴られそうになってから、ここまでが本当に一瞬の出来事だった。  今まで野次を飛ばしていたギャラリーもゴリラの取り巻きも動けず、異様な静けさが広がる。  ポニーテールにしたブルーアッシュの髪、あのゴリラとは違って筋肉達磨じゃなくてバランス良く鍛え上げられた肉体。  鋭い眼光、男らしい顔の造り。少しの動きでその場の雰囲気を圧倒する。  それが鮫川一派のリーダって言われてる、鮫川海(さめかわかい)って男。 「さ、鮫川!?」 「何であいつがここにっ!?」  一瞬の静けさの後、すぐに場が騒がしくなる。  そりゃあまあ、色々と驚きますよね。  喧嘩は売らないはずの海が率先的にゴリラ潰して、こんな平々凡々な俺と体を密着させてるわけで。 「助けてくれてありがと、にしても……早かったね」 「どっかの考え無しの馬鹿『金魚』が、初日から厄介事に首突っ込みやがったからな」 「いやん。そんなに怒らない、怒らない」 「馬鹿野郎、呆れてんだよ」  海の拳骨が頭に軽く落とされる、別に本気で怒ってるわけじゃないからそこまで痛くない。周りの騒がしさに煩わしくなったのか、あっさりと腰から手は離された。でもちょっと、体の距離が近過ぎる気はする。   「海、そこで這いつくばってるゴリラ。ちょっと調子乗りすぎだけど、お前何してるの?」  完全に意識を飛ばしたゴリラを指差して、海をじとっとした目で見上げて言うとまた周りがざわついた。  あの鮫川に生意気な態度取ってるやつは珍しいだろう、しかも新入生が。 「別に俺がこの高校の頭やってるわけじゃねえ、こいつが調子乗ろうが知るか」 「あー……、もしかして海にはいちゃもんつけなかったわけ?」 「こんな小物知るか、めんどくせぇ」  どうやら鮫川一派には手を出さないように、目をつけられないように。ゴリラ達はこそこそ、弱い者虐めをやってたみたいだ。  まさか、海が入学式に来てわざわざ校庭にまで来るなんて思ってなかった……ってとこか。  地面とお友だちになってるゴリラの取り巻き達が、目に見えて青くなっちゃってまあ。 「さ、更紗……?」 「あ、賢輔。ごめんごめん、忘れてた」  恐る恐るって感じで俺に声を掛ける賢輔、海に夢中になってて気にしてなかった。海から視線を外して、賢輔の方を向く。  賢輔とその隣にいる新入生君の後ろには、折れ曲がったバットと鉄パイプを振り上げているゴリラの取り巻き。  脚を引き摺りながら、表情を歪めて二人との距離を詰めていた。   「けんっ」 「はい、よいしょー」 「失礼しますね」  急いで叫ぼうとするより早く、俺の視界の左右から跳んできた二つの影。  そいつらは長い足を振って、ゴリラの取り巻きを蹴り飛ばした。    正確に言うと、取り巻き二人は顔面に容赦なく膝をぶち込まれてから蹴られてる。鼻血を撒き散らしながらそのまま左右にぶっ飛んで、俺の視界からフレームアウト。  ぐしゃあっというあんまり気持ちよくはない打撃音に賢輔と新入生君が後ろを振り返り、自分達が狙われていた事に気付いたすぐ後には全部終わった。  賢輔と新入生君は、振り返った姿勢のまま固まってる。そりゃそうか危機を回避してくれた相手が、とんでもない奴等なわけだから。 「やっほー金魚ちゃん、初日から中々派手な事してるよねぇ」 「更紗様、ご入学おめでとうございます。本日も、素晴らしい泳ぎっぷりでございました」  賢輔の背後に居るのは、格闘系のお仕事かってくらいにご立派な体型をしている入間青葉(いるまあおば)。  髪型はサイドを刈り込んだ、ベリーショートのソフトモヒカン。お気に入りは海とお揃いにしたブルーアッシュのカラーらしい。  青葉の髪型については、髪が短い控えめなニワトリヘアー? と、解釈してそれを口に出して散々叱られたから、詳しく説明できるというオチがある。    新入生君の隣に立って悠長に頭を下げている痩身の美形、分かりやすいショートカット黒髪七三眼鏡が蜂谷充希(はちやみつき)。  ガタイの良い海と青葉の間に挟まれると、ヒョロっとしてガリッとしてる印象だけど脱ぐと凄い。腹筋割れてるし、筋肉もしっかりついてる。    鮫川一派の括りに入ってる奴は他にも数人居るけど、大体有名なのはこの二人と海。後もう一人。  有名な鮫川一派の3人が一挙に揃って、しかも平凡な3人組を助けたとあって周囲の騒がしさが凄い。    それにこいつら、登場した時から。さらっと、当たり前のように言っちゃいけない事言ってるんだよね!  鮫川一派勢揃いにヒートアップしてる不良君たちはともかく、賢輔と新入生君がまさか…? みたいな驚愕のご表情で俺の事見てるんですけども。  噂に尾鰭とかが付いてとんでもない高級金魚(・・・・)になってるのは知ってたから、そろそろ発表の時期かなとか考えてたけど。  高校入学で一応義務教育は終わって、今がタイミングとしては一番良いのか……?  でも、入学初日でこんなことになるとは思ってなかったから心の準備がちょっと。    俺は心の中で若干早口で考えていたアレコレを体の外に出すみたいに、思いっきり息を吐いた。   「金魚ちゃん、ストーップ! 何をしたいのかは予想付くけど、別にここで更に目立つ必要は無いでしょ」  俺が口を開こうとするより早くに、苦笑した青葉が腕を上げて頭の上で大きく×印を作る。  青葉は俺と海の幼馴染み、昔から俺達をセーブするのはこいつの役目だった。だから、俺と海はあまり青葉の主張や提案には反対しない、今だって青葉がそう言うならそうか、くらいの気持ちで口を閉じてる。    青葉は、はい注目!と声を張り上げて、不良君達の視線を集める。  にやり、といやーな感じの笑みを見せると足元に落ちていた鉄パイプを拾った。右手で軽く振って、左の掌にバシッと小気味良い音を立てて当ててみせる。 「はいはい、これでこの騒動はおしまい! そこに転がってるクソ雑魚共、少しは動けるやつ残ってるー? はい、今何匹か動いた」  バシバシと、鉄パイプで音を立てながらの脅迫。青葉、すっげー悪い顔してる。怖い。   「俺ってば中途半端に運動しちゃったから、ちょーっと消化不良なわけで。さーてと! サンドバッグにされたくねぇやつは、すぐに逃げろや。じゃあとりあえず20数えたげるね♪ いーち! にー!」  正直、宣言後の舌なめずり。かーらーのちょっと……というか大分ヤバそうな笑い声は、戦闘狂って感じで中々過激。  青葉の隣に居る充希がニコニコしながら腕組みしてたのも、圧を感じて恐怖するしかない。  そんなわけで。   「ありゃあ……、あっという間に居なくなった」    あれだけの野次馬とゴリラ及び取り巻きは、青葉のカウントが終わる前に俺たちの前から全部消えていた。  地面とお友達になってる奴等は引き摺られて、砂埃を立てながら慌てて退散していく始末。  青葉と充希は爆笑してるし、海はめんどくさそうに欠伸をしてる。  目の前から雑魚が逃げていく光景、何度も見てるんだろうなぁって反応。  まあ、俺もだけど。  
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