4.帰り道とバカップルの痴話喧嘩

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4.帰り道とバカップルの痴話喧嘩

 で、結局。残ってるのは俺と海、青葉、充希。  呆然としてる賢輔、あと新入生君。    特に可哀そうなのは、いきなり騒動に巻き込まれた新入生君。やべぇ奴らに助けられて、いつの間にか全部終わって。  地面に座り込んで唖然と俺達を見ている被害者な彼に、俺と賢輔は駆け寄った。何度も頭を下げながら新入生君は、俺が差し出した手を掴んだ。  よいしょっと、新入生君を引っ張って立たせる。 「……大丈夫? 怪我、無い?」 「は、はい。……大丈夫です、助けてくれて有難うございました……!」 「敬語じゃなくて良いよ、新入生君。とにかく、無事みたいで良かった」 「更紗程ではないが、それなりに攻撃やとばっちりからも避けていた。よく頑張ったな、お疲れ様」 「あ! 憧れの先輩達に会えてビビッちゃった、賢輔ちゃんだー。お疲れー」 「否定はしないが、後で覚えておけよ更紗……。だけど、更紗も無事でよかった」  憧れていた先輩たちに囲まれて、見事に固まっていた賢輔もぎこちない動きで俺の横に居る。  新入生君は俺たちの言葉に唇を噛み締め、瞳に涙をいっぱい溜めながらもう一度深々と頭を下げた。 「……本当に有難う! 僕は猫塚藍悟(ねこづかあいご)です、よろしくお願い……じゃなくて、よ、よろしく……」  怖ず怖ずと彼は顔を上げ……、あら可愛い。  改めて猫塚を見るとつぶらな瞳。ふわふわ柔らかい感じの、多分染めてない落ち着いた茶色系の髪。  体付きは若干肉付きが良いくらいで、俺より背が低い部分も好感が持てる。  それに動作が小動物っぽくて可愛らしい、これはサンドバッグじゃなくて公衆便所だな。未然に防げて良かった。   「よろしく、猫塚君。俺は金井更紗。こっちが」 「坂本賢輔。よろしく、猫塚」    ようやく自己紹介も出来た所で、これからって所だったけど。パンパンと手を鳴らしながら充希が一歩前に出てきて、校門の方を指で示した。 「はい、これにて一段落という事でよろしいでしょうか。3人にとっては濃い1日だったかとは思いますが、まだ初日ですから」 「あ、そうだった」 「入学式も終わりましたし、今日の所は帰りましょう。連絡先の交換等はまた明日で。更紗様は海を、俺と青葉はこの二人を最寄駅まで送っていきますので」  とりあえず、校舎からチラチラこっちを覗いてる先生達の胃を更に痛めない為にも、今日は充希の言う通りにひとまず解散。  確かに忘れてたけど、今日は入学式だけの予定だった。  ポケットに入れていたスマホは、あれだけ乱闘をしたけど新入生3人共無事。  体育館に放置していた鞄を回収する道中に、新入生の俺達は先輩にお礼をするのも忘れない。  特に賢輔と猫塚は可哀そうなくらい頭を下げている、お礼言われてる先輩が気にしてないから深刻でもなくて軽い感じだけど。  俺もまだまだ賢輔たちと、そんなに話出来ていないから名残惜しい。けどさっきから黙って、俺の隣を常にキープしていらっしゃる海さんが何だか怖い……。ってなわけで、大人しく帰宅。  校門で手を振ってから、俺と海は4人とは反対方向の道へ歩いていく。    あいつらに背中を向けた俺の脳裏に、さっき賢輔が言った事がもう一回浮かんだ。     『一派に居ると噂されている『金魚』 この人も随分と強いらしいが謎が多くて、とても興味がある。なんでも、小柄で可愛らしい美少女だとか。鮫川さんの恋人だろうか?』      まあ、それは大体正解。つまりは図星。    結局、賢輔たちには伝えるタイミング逃したけど。  俺が鮫川一派の金魚、こと 金井更紗。      でもって、鮫川海は俺の幼馴染で、恋人。  幼馴染が恋人に変わったのは、あまりにも自然というか当たり前過ぎて特にドラマティックな事は無い。  毎日顔を合わせてるから帰り道の会話は大体ご近所の事とか、明日のご飯のメニューとか本当に普通の事。  鮫川一派の海がこんな庶民じみた姿を見せてるって分かった時に……卒倒する奴が何人か居そうな気はする。  けど普段からあまり口数が多くない海にしては珍しく、俺に質問を沢山投げてくる。  賢輔との関係とか、何でゴリラと喧嘩してたとか。その端々に感じる嫉妬じみた感情を嬉しく思う、と同時にちょっと面倒くさい。  質問責めが続いて、それから暫く沈黙が続いた後。  海はぶっきらぼうに、悪い、とだけ言った。  何が? とは、聞かない。大体言いたい事は分かっていたから。 「やっぱり俺が金魚だって予想できるような言い方したやつ」 「……おう」 「青葉とグルになってわざとだったって事か。それで最後にフォロー入れたと」 「……お前、一応金魚に繋がる情報は隠してただろうが」  海が視線を逸らそうとする度に、俺はそれを許さないから顔と体を忙しなく動かす。気まずいのは分かるけど、逃げんなコラ。 「うん、それなりに中学の時は隠してたよ。さっきも海に助けてもらった時、無視して知らない振りするって選択肢もあった」 「…………」 「そうすれば、海も青葉も充希も口裏併せてくれるだろうな、って思ったけど。海が俺の事、金魚の事、言いたいならそれでも良いかなって思って」  そもそも金魚の事本気で隠したいなら、こうして一緒に帰ってないし……。  とは思ったけど、海が自己嫌悪でぐるぐるしてる時に追い打ちかけるのは可哀そうで口にはしない。 「怒らねぇのかよ……。くそ、俺が餓鬼みたいじゃねぇか……」 「あははー、それならよかった。で、本音は?」 「……いい加減、鬱陶しいんだよ金魚に群がる雑魚共が。美少女、聖母、救世主、アホか。もういっそ、金魚がお前だってばらして幻想ぶち壊した方が、余計な雑魚は寄ってこねぇだろうが」  海から出てきたのは笑っちゃうくらい分かりやすい嫉妬と、やけくその感情。  もうすぐ家に着くけど、それを引き延ばしたいみたいに海の歩く速度が遅くなる。自分が子供染みた事を言ってる事も理解してるみたいで、海は話す度に眉間の皺を濃くしていった。  不機嫌な海とは正反対に、俺の機嫌は急上昇中。普段強キャラオーラ全開で、かっこいい海が拗ねる姿は割と貴重なわけで。    頑なに視線を外す海を取り残して、小走りで海より先に近場の看板前に到着。  俺は海からちょっと離れた場所で、仁王立ちする。それから腕を勢い良く前に突き出して、笑顔で親指を立てた。   「ごちゃごちゃ言ってんけど、まあつまり!! 雑魚に嫉妬したせいで、俺が嫌がる事しちゃったのかな? って心配になっちゃったわけだ? 海、かわいいねー!」  敢えての選択肢、海を煽る。  海の目が一瞬、不意を突かれたみたいに大きく開いた。そこから顔面が凶悪な笑みに変わって、海の両脚がアスファルトを勢いよく蹴る。   「ちょっとでも配慮とか考えた俺が馬鹿だった、って事だよなぁ! 馬鹿金魚!!」 「そのとーり! どんと、構えろよ鮫川海! 俺は、海がする事は何でも嬉しいんだよ! さっきは助けてくれてありがとな!」 「どーいたしまして、無鉄砲金魚!」  餓鬼みたいに言い争いしながら、海も俺も全力疾走で追いかけっこ。  海には色んな部分で負けてるけど、走る速さだけは俺負けないから。  お互いに全力出しても俺が手を抜かない限り、海は滅多な事じゃ俺を捕まえられない。  実は俺と海の関係は親近所公認、ご近所さんにアホな会話聞かれても問題なし。  だから、大声で怒鳴り合いつつ、目的の家を通り過ぎて遠回りする。黙ってすれ違うくらいだったら、ぶつかってぶちまけた方が良い。  今までにも何回かこういう事してモヤモヤ潰してるし、煩いかもしれないけどご近所さんごめんなさい。 「っていうかさ! 海は嫉妬しすぎ! 坂本は新しく出来たフレンズ! お友達です! いちいち、俺に近づく野郎と女子に嫉妬するその癖! ほんっとやめてほしいんですけど!」 「うっせぇ! お前こそ毎回毎回厄介な奴ばっか、引き寄せやがって! 俺はなぁ! お前が横から来た奴に、掻っ攫われる。……しなくて良い心配してるだけだろうが!」 「いっつもそんな調子だから、海の浮気とか心変わりとか全く心配してないよ! 俺、超愛されてるね! 百歩譲って俺がおモテになってるとしても、俺は海以外に恋愛感情抱かないから! ちょっとは態度軟化させろよ!」    もう長い付き合いだから、今みたいな喧嘩はしょっちゅうある。青葉と充希には、はた迷惑なバカップルって苦情をよくもらうくらい。  追いかけっこをしながら、怒鳴り合えばどうしても体力消費して疲れる。  丁度、俺の家が見えたから減速して、いつもみたいに海へそろそろ終わりにしようって合図を出した。 「俺もガキの頃からお前しか見てねぇ! 何でお前はいっつも余裕で、俺ばっかこんなに余裕ねぇんだよ……。だせぇ……」  海の手が背後から俺の肩を掴んで、そのまま抱き寄せられた。よく漫画とかであるアレ。俺の腰に手を回して、しがみついてくる。  海は俺の肩に額を押し当てて、弱弱しい声を出した。あー、こんな仕種されると、ギャップにときめくんだよなぁ……。  背中に抱き着かれてる状態じゃそれを返す事はできないけど、変わりに海の頭を手でポンポン叩く。海が顔を上げると、俺も首を捻って目を合わせた。 「ださくて良いんじゃない。毎回嫉妬されるの、正直メンドクサイけど……凄く愛されてるなぁって思うし。俺と海はちょっとやそっとの事で壊れる関係じゃないって感じてる、……違う?」 「……違わねぇ」  自宅の玄関ドア前で少女マンガみたいな展開を繰り広げるのはちょっと恥ずかしいけど、言いたい事は言っておきたい。 「俺の余裕はそこにあるって改めて言っとく。だからさ、少しずつ変わっていけないかな? 心配なら毎日だって大好きって言ってやるよ、海」 「あー……、ほんとに、お前には勝てねぇな。そこまで言われて変われねぇほど、俺だって馬鹿じゃない。お前も同じ高校来た、……これから努力は、する」 「素直で大変よろしい」  互いに若干照れくさくて。  それでも笑いながら、これにて仲直り完了。最近溜まってる事も言えたし聞けたし、中々有意義な追いかけっこだったんじゃないかと思う。  でも、俺ばっかり好き好き言わされてるのは、ちょっと納得いかない。  海の唇に人差し指を押し当てて、首を傾げる。 「で、海から俺への直接的な愛の言葉と、仲直りのキッスは?」    海の唇が少し開いて、俺の指をちゅっと音を立てて吸った。目を細めて口端を上げる、俺が凄く弱い海のエロい表情。 「嫌って程言ってやるし、唇腫れるくらい舐めしゃぶってやるよ。二人きりになったらな」  だめ、無理。  さっきまでの大人げなくてメンドクサイ海から、大人っぽくてエッチな海にすぐ切り替えられるのホント無理。  きっと俺の顔、女々しい感じになってるし、頬が熱い。海の体が何時の間にか俺から離れてから、渡してある合い鍵で遠慮なしにドアを開けられた。   「来い、更紗」  この場面でその名前呼びは卑怯すぎ……。俺は小走りで海に体当たりする、海は勿論ビクともしない。閉まっていくドア、今度は真正面から抱きしめられて、唇を奪われる。  背伸びして海の首に手を回す俺の後ろで、カチリと音がして鍵が掛けられた。
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