7.騒がしくて賑やかな学校生活の幕開け

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7.騒がしくて賑やかな学校生活の幕開け

   そんな騒がしい夜を過ごした後。  いつの間にか爆睡したらしく、翌朝。    海と一緒に3人分の弁当を作ってから、テレビを見ながら朝食を食べる。  親父も俺達も早起きが定番。朝の時間帯は割と余裕があるのも定番。  余裕がある今の内に、夕飯の準備もしっかりする。洗濯も干して、歯も磨いて顔も洗って、通学のお時間。    一応カモフラージュの為に海と時間をずらして家出るとか色々考えてたけど、昨日の件で開き直った。  それに追加して海の意見も再度聞いた、結果。    玄関で靴を履く俺の隣には、海が居る。   「海、お弁当持った?」 「持った」 「鞄の厚みが薄いよ、教科書は?」 「……全部机の中」 「勉強する気皆無だね海」 「更紗はすんのか」 「しないに決まってるじゃん」 「お互い様だろ」    俺と海の関係性とか、金魚の件についてバレる事とか。  色々とめんどくさい事になるかも、って懸念はある。  でも同じ高校に入学できたけど、海は3年生で俺は1年生。海とは1年間しか、高校生活が重ならない。  小中も学校は同じだった。ただ、あの時と今の状況は全然違う。    恋人って本格的に自覚してから、初めての学校生活!!    少しは互いに意識してしまうのも仕方ないような。  勿論、そんなに目立っていちゃつくつもりはない。  だけど少しでも長く一緒に居たいって思ってくれる海に、俺もちょっとは甘くなるわけで。  賢輔達どんな反応するかな? なんて少し愉快に思いながら、立ち上がった所で背後から声。   「更紗」 「ん、どうした?」  俺が振り返ると、出社間際でスーツ姿の親父。そんな親父が両手で大事そうに持っているのは、真っ赤なマフラー。  母さんが俺の為に、手編みで作ってくれた物だ。  普段から定期的に手入れして、母さんの写真の前に置いたりはしてるけど親父が持ち出してくるのは珍しい。   「海から聞いたよ。更紗が金魚だって事を、学校で仄めかしたって」 「……かーいー? 俺は初耳だけど?」 「……一応、覧司さんには話しておいた方が良いと判断しただけだ」  昨日は割と濃い一日だったのに、いつの間にそんな会話をしたのよ。お前ら。  というか、状況が良く読めない。   「今日から海と一緒に行動するなら、多分金魚の事もすぐ広まると思うんだ」 「それは、まあ。その辺は覚悟の上というか、腹括ったっつうか……」 「だから、もうさっさとバラしておいでよ」 「はあ!?」  親父は笑顔でサラッと、とんでもない事を言いだした。中学の時は喧嘩とかでも親父に迷惑かけたりもしたから、俺だって足りない頭で色々考えてるってのに。   「元々金魚って呼ばれ始めたのは、マフラー巻いたまま喧嘩を沢山したからだよね?」 「うわ、ちょ、やめ」 「小柄な体から垂れた赤マフラーが金魚の尾みたいで、周囲が金魚って呼び始めたんだっけ。懐かしいなぁ」 「あ、うぁ、ううぅ……」 「もう一回高校でも同じことをすれば、手っ取り早く金魚だって周知出来て良いんじゃないかなって僕閃いたんだよ!」 「や……やめ……もう……やめて……」 「……容赦ねぇな、覧司さん」  俺には長すぎる赤いマフラー、それをひらひら靡かせながらの喧嘩を良い感じって……。  金魚、ってあだ名も、……良い感じって、思っていました。だから、当時は噂が広がるのも放置したからね……。  アイタタタな中学生頃の自分を一発殴りたい。恥ずかしい……。哀れみをたっぷり含んだ海の一言が胸に痛すぎる。    いや、でもさ! 鮫と金魚っていう語呂が覚えやすくて、そのまま広まったのもどうかと思うけどな!  マフラーみたいに真っ赤になった顔を手で仰ぎながら、深呼吸をして落ち着かせようとする。   「良いんじゃないかなって……。いや、でも。俺が金魚だって本格的に分かっちまったら、親父にも迷惑かけるかも……」 「僕は大丈夫だよ、いざとなれば遥が居るし」    俺の気遣いと逃げ道も、親父はさらっと流す。開き直ったのは俺だけじゃなくて、親父も同様だったみたいだ。  無責任で能天気な事を親父は言ってるが、海の父親である遥さんは鮫川一派の先代だったという何とも言えない安心感。  親父は喧嘩のセンスゼロだったらしいけど、母さんも巻き込んで色々やんちゃしてた。……みたいな事はそういえば聞いた事があった。  そもそも、遥さんに助けてもらう前提って。良いのか? ……まあ、俺も似たようなもんか。   「…………遥さんに迷惑掛かる前に、俺と海で何とかするから」 「あ、そこは僕じゃないんだね」 「無力なサラリーマンは大人しく、鮫の後ろに隠れててくださーい!」 「はーい」    俺が人差し指をビシッと突きつけると、気の抜けた返事をする親父。  頭痛くなってきた……。こんのお調子親父め。   「海も何か言ってやって下さい!」 「……嬉しいのか、照れくさいのか。どっちも混ざったみてぇな表情してるぞ更紗。ムラムラするからやめろ」 「誰が! 俺の事について! 何か言えって言ったよ!!!!」    俺は背伸びをして海の頬っぺたを思いっきり、指で外側へ引っ張って差し上げた。  どいつもこいつも揃って、とぼけやがりまして!!   「ひゅーひゅー、朝からお熱いね。ラブラブだ」 「親父も調子に乗んな!!」 「はぁーい。じゃあ、よろしくね」    首回りで二回巻いても、腰辺りまであるくらい長いマフラー。親父は了承も得ずにそれを俺に差し出して、手を離した。  海の頬からマフラーの下へ腕を動かして、慌てて受け取る。思わず親父の顔を見ると……随分と優しそうな顔してくれちゃって、まぁ……。   「巻かなくても良い、持って行って。紗綾に更紗の高校生姿や高校生活してる所、見せてあげて欲しいんだ」 「……俺がそういう頼まれ方に弱い事知ってて、言ってるだろ……」 「うん。でも、更紗は断らないでしょう?」 「……はあ。分かった、分かったから! 行くぞ海!」 「おう。行ってきます覧司さん」 「いってらっしゃい、海」  俺はマフラーを鞄の中には入れず、首にゆるく巻いた。先に出ていく海の背中を眺めながら、俺は片手を上げる。   「親父、……母さん。いってきます」 「……うん、いってらっしゃい更紗」    別に必要以上の言葉なんていらない、高校に入ったばかりでちょっとお互い感傷的になってるだけだから。  勢い良く玄関を飛び出した、春になって暖かくなったからマフラーは正直ちょっと暑い。  何か物言いたげな顔でこっちを見てくる海を追い抜いて、赤いマフラーを風に靡かせながら緩く走った。   「海、学校! 一緒に行こう!」 「おい、今の格好だと金魚だってすぐにばれるぞ」 「ばれても良いよ!」    舌打ちを一つして、海も俺に合わせて走ってくれる。俺がお前の事好きで堪らないのは、そういう所だぞ。なんてにやけながら、少しだけ走る速度を上げた。  今日は機嫌が良いから、手を繋ごうとしてくる海の事を受け入れて更に大サービスで恋人繋ぎにしてやる。いやぁ我ながらラブラブだな!    昨日の下校時間と違って、ちらほらと学生の姿が見える。そいつらは俺の事を見てから驚いて、隣に居る海に気付くと道を譲ってくれた。うんうん、賢い賢い。  でも、賢くないヤツもいるらしく、もうすぐ学校って所で通せんぼされた。   「昨日はよくもやってくれやがったなてめぇら!!!!」 「あ、昨日のリーダーゴリラだ」    顔には湿布、肌には包帯。満身創痍のゴリラと感動じゃない再会を果たしたわけだ。  昨日あれだけ痛い目合わせてあげたのに、よくやるなぁ……。   「海、これどうする? 多分、話し合いじゃ解決出来そうにないよ?」 「ちょうどいいじゃねぇか、金魚のお披露目に」 「まあ気付いてる奴もちょこちょこ居て、ばれるのも時間の問題ですし」 「朝のラジオ体操だと思えば、準備体操だろ」    俺達は軽口を叩きながら、戦闘に備えて手を離した。通せんぼの先で頭を抱えてる賢輔と、苦笑している青葉が見える。  新しい環境、新しい友達、それとこれからいつでも会えるようになった恋人。  これで楽しくならないわけなんてない、俺はわくわくしながら人差し指をビシッとゴリラに突き付けた。   「改めまして、俺が鮫川一派の金魚です!! お前の事はぶちのめしますが、今後ともどうぞよろしく!」 「……どうぞよろしくする前に、俺が全部ぶちのめす」 「嫉妬深いねぇ海。その怒りは目の前の奴らにぶつけて良いよ」 「そうさせてもらうに決まってんだろ」 「そんじゃ、まあ景気よくやっちゃいますか!」  騒がしくて賑やかな学校生活の幕開けを感じながら、俺は海と一緒に道路を蹴って飛び出していった。   END  
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