8.シュガーブルーの夜

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 でもこれは夏の始まりの匂い。もうちょっとするとオレンジティーがとてもおいしくなる。レジ締めのお供に作ろうかなと心が夏へと向かっていく。  潮風とオレンジの……。そして男臭い、湿ったジャケットの匂い? 千円札を数えていた美鈴はハッと顔を上げる。  灯りを落とした店の入口ドアに、黒い人影が映る。一目でわかり、美鈴ははらりと千円札の束をレジに落としていた。  潮の香とオレンジの匂いと、彼の匂い。気のせいではなかった。  ドアがそっと開く。 「こんばんは」  もう息が止まりそうなほど驚き、言葉が出ない。  宗佑もドアが開いたため、キッチンから出てきて、彼が来たと知り驚きで硬直していた。 「お久しぶりです。閉店ですか、間に合いませんでした」  厳つい男と警戒していたのに、いまそこにいる彼の何もかもが穏やかで優しく見える。  男に表情もあった。憂いを含めた眼差しで、でも、申し訳なさそうな微笑みを湛えていた。  あの時のお礼を、美鈴が一歩、レジカウンターから出て彼に向かおうとした時だった。 「帰ってください。二度と、この店には来ないでください」
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