8.シュガーブルーの夜

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 レジカウンターからやっと足が一歩動く。  姉ちゃん!  弟が叫ぶ声が後ろから聞こえたけれど、美鈴はエプロン姿で店の外に飛び出していた。 「待って!」  港の道を行く男の背に叫んだ。黒いジャケットの背中に。彼が立ち止まった。  港のライトが照らす道を美鈴も駆けていく。 「待ってください」  彼の目の前までやっときた。 「美鈴さん」  初めて彼に呼ばれ、美鈴は驚く。  どうして私の名前を? 聞かなくてもそんな美鈴の表情を彼は読みとってくれる。 「マスターがそう呼んでいたのを聞いたことがあったので。営業中に『姉さん』と呼ぶわけにはいかないからなのでしょう。自分はあなたの名が知れて嬉しかったけれど」 「私は、あなたの名を知らない!」 「知らなくていいでしょう」  彼がなにもかも諦めたような笑みを見せた。 「いままで、ありがとう。あなたの声に癒されていました。あなたと少しでも話せるのもとても楽しみだった。ここ最近いちばんの、俺の()(どころ)でした」  行っちゃう、この人が行っちゃう。美鈴の中に、あんなに格好いい男の姿を焼き付けて、匂いを記憶させて行ってしまう!
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