7.匡樹

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7.匡樹

「キス、していい?」 「…うん」  手を引いて、保をベッドに座らせた。あの時ぶりに口づける。唇は匡樹をおずおずと受け止め、そして開く。久しぶりの保の唇はほのかに甘い気がして喉が鳴った。 「今更ながら、ひとつ提案が」 「どうぞ」 「ここ、ホテルなんですよね。というわけでよろしいでしょうか」  厳かに押し倒してみると、弾力のあるスプリングと匡樹に挟まれて、形の良い眉はきゅっとひそめられた。 「…まさか狙って来たわけじゃないだろうな」 「ないない。俺の中でかなりフラれるフラグ立ってたもん。でも今めっちゃ逆転勝利じゃん? だから、このままラッキーなシチュエーションにあやかりたい」 「…もう」  呆れながらも、拒絶する口調じゃなかった。むしろ聞いたことのないような柔らかい響きで、途端に嬉しくなる。今度はぐっと深く唇をまさぐった。つたないながらもちゃんとこたえてくれて、一気に多幸感に包まれた。 「俺、なんでもっと早くこうしなかったのかな。必要以上に臆病になってたよ」 「考えられる原因? 歳のせいか、二回目だからか、相手が俺だからか」  こんなときでも保は冷静に分析してくれる。 「たぶん全部かな。好きって気持ちだけで押し切れた頃はいつだったのかな。感情ってさ、年々複雑になってこない?」 「わかる。俺がそう思い始めたのは単に、喜久川さん好きになってからだけど」 「やば。今すごいキュンときた…」 「どこが…え、わっ」  上から自分の体重をずんと乗せる。中心はもうずっと熱かった。大丈夫、機能性に異常はない。身体が密着したことにより匡樹の熱量が伝わったのか保の頬が染まった。完全復帰、ありがとう俺。 「そろそろ本気出すね」 「怖いな」 「前回はあんなにやる気見せてくれたのに」 「あれは…っ」  最後まで言わせないで唇を吸う。  ネクタイをしゅるりとほどいて、シャツのボタンを一つ一つ外していった。こんな動作ひとつでも保が自分だけのものだと確認したくて、ゆっくりと噛みしめるように進めた。その先に見つける小さくて赤い突起をそっと擦る。  胸に咲く花と同じくらい小さな声が漏れる。 「ん…」  保は両手で顔を覆い隠している。 「顔、見せて」  唇でこじ開けてキスをねだる。 「保、かわいい。今日はなんでそんなに恥ずかしがってんの?」 「だって、なんか…喜久川さん、優しいから」 「ええ? 前は優しくなかった?」 「違くて…あのときは俺の方が必死だったから、なんていうか若干パニクってて、そこまで気に掛けてなかったっていうか」 「そうだったんだ。だから素っ気ないかんじだったのか」 「そう」  失念していた。確かに保はパニックだったり心が荒れてるときほど顔に出にくい。それは幼少期からの経験で訓練されてしまったのかもしれない。 「これからもっともっと優しくしたい。だって俺たち恋人同士になったんでしょ?」 「そうなのか?」 「そういうことにしとこう。じゃなきゃまたすれ違って、今度は修復不可能なとこまで行き着きそう」 「…うん」  思い返せば一度目に保身体を重ねたときはまず自分の病気が治ったことが嬉しくて、そして後半は台風のごとく何が何やらのうちに終わっていた。だからもっとじっくり、今日は保を味わいたい。 「舐めるね」 「やだって言ったら止めるの?」 「止めない」  唇を当て舐め取るように舌を這わせる。 「あっ…や、やだ。ちょ、まってって…」  まだちろちろと舌先で舐めているだけなのに、嫌がる保に押さえられる。恥ずかしがっているのが可愛い。何も頓着していなさそうで大胆かと思えばこんなところでうろたえたりする。見る度に形が変わる、台風の前の雲みたいだ。 「あ…っや…」  反対の蕾も指で弄ると徐々に声が大きくなる。不思議だ。こちらは刺激を与える方なのに、どこも触られてなくてもその嬌声だけで興奮する。 「ん…あ…あ…」  どんどん腰が反っていく。そろそろ嫌がれもしなくなってきたころに、スラックスの中から保の性器を握った。そこはしっかり熱を集め、そり立っていた。  擦りながら、服を剥いでいく。露わになったそれを、口に含んだ。 「あ…っや…!」  保そのものの形を一カ所ずつ確認していくように、丁寧に輪郭を舐めた。先端のくぼみや動脈のわずかな膨らみまで舌で感じ取るごとに保の声は裏返った。  息使いが浅く、小刻みになってきて匡樹は一瞬迷う。このまま絶頂を迎えさせずにじらしたまま挿入まで持ち越したいのと、今すぐ最終地点まで責め立ててしまいたい気持ちとの間で揺らぐ。でもどっちも結局意地悪であることに変わりはない。保が淫らに喘いですがる姿を、見たくてたまらないのだ。 「喜久川さ…ん…」 「うん」  焦点の合わなくなってきた目がうつろに捉えてくる。その表情が可愛いくて可愛くて、一旦上に戻って耳の後ろに顔を埋め、鼻をこすりつけたり耳朶を噛んだりした。この愛おしい人を、どうしてくれよう。保はもみくちゃになりながらも、されるがままになっている。 「や、も…や…」 「何してほしい?」 「やだ…」 「やだじゃないだろ。教えて」  手は保の性器をいたずらに弄ったままで、激しくしたり緩くしたりを繰り返している。じれったくなった腰がよるべなく動く。 「イき、たい…」 「じゃあ俺の名前呼んでお願いして」 「きくか…わ…」 「下のがいい」 「ま、まさ…き、お願い…」  心臓がアニメみたいに可視化されていたら、今まさにくしゃくしゃに握り潰されているだろう。 「『お願い、イかせて』」 「ま、さき…お願い、イか、せて」  縮むように、胸がきしんだ。さっきからおんなじ単語しか頭に浮かんでこない。ああ、以下略。 「よくできました」 「ああっ…」  スピードを一気に速め、強くしごくと保はすぐに果てた。 「保、やばい。かわいすぎる」  語彙力を駆使して気の利いた愛の言葉でも投げかけられればいいのに、わかっている、さっきからバカみたいに同じ事しか言っていない。でも、言葉にしないと気が済まないのだ。  射精の後で力が出ないはずなのに思いっきり枕を投げつけられた。 「ばかっ」  見てみると、耳まで真っ赤だった。責め立てたのが原因なことは明らかだ。 「ごめんなさい」 「もう嫌だ。最悪!」 「うん、ごめんな」  罵声を受け止めながら、怒った顔に小さなキスを沢山落としていると胸への連続打撃(と言えないほどの弱い力ではあるが)も次第に収まってくる。 「許して?」 「…その顔、卑怯」  保といると、自分が何をしても許されているような気になる。奇妙な感覚なのだが、小さな子供になったように、わざと悪いことをして寛容さを確かめたくなる瞬間がこんな風にたまにあるのだ。だってちゃんと知っているから。どんな要求やいたずらも最後にはしょうがないな、と困った顔で笑ってくれることを。 「保、好き。大好き」  動物がするように鼻先を顔じゅうに押しつけると、それこそ犬をなだめるかのごとく、優しく頭を撫でられた。 「保は?」 「俺も…喜久川さんのこと、好きだよ」 「なまえがいいなー」 「…匡樹のこと、好き。…満足?」 「うん。大満足」  小さい頃から男だからとか、しっかりしなくちゃなどと散々思って生きてきた。リーダー気質でいつしかそれは匡樹の長所と周りから受け止められ、自己としても大切な性格を形成する一部になったし、実際に人から頼られて嬉しいこともいっぱいある。でも、本当にふとたまに我に返って、何やってんだろな自分、と思う一瞬がある。結婚してからは特にそうだった。  でも、そういう自分の中に根を張った見栄や偽物の気丈さを、この男はさらっと溶かしてくれる。それは関係を結んできた誰とも今まで出来なかったことだった。  保といると、ほっと安心する。大げさじゃなく、心が解放されたみたいに、安らげる。 『一歩外に出たら俺よりいい人がいっぱいいる』  先ほどの保の言葉を反芻してバカだなあ、と笑う。  明るくったって、一緒にアウトドアを楽しめたって、他の誰かじゃありえない。保じゃなきゃ、もう考えられないのに。 「そういえば、どうしよう。今日ジェルみたいなの持ってないな…」 「俺の鞄に、喜久川さんから誕生日に貰ったやつ、あるけど…」 「え?」  手が荒れてると切れたり痛くなったりして爪に影響を与えると聞いたことがあるので、全身に使用できるオーガニックのシアバターをプレゼントしていた。 「持ってきていい?」 「ん」  保の鞄を探れば奥から出てきた。でも、家で使えるようにと大きい容量のものをあげたので、持ち運ぶには不便なはずだ。実際パンパンになってしまっている。今日会うこともこの展開になることも予想していなかったのに、もしかして外出時はわざわざ持ち歩いてくれているのだろうか。 「それ、いつも鞄の中に入れてるの?」 「うん。喜久川さんから貰ったものだから」  こんなにどきどきさせられて、心臓がいかれないだろうか。血の巡りがおかしくなって、逆流しそうだ。でも、何度でも聞きたい。 「今度はそういうキラーワード言う前に、一旦ちゃんと宣言して? 次からムービー撮るから」 「やだよ。てか何がキラーワードかわかんないし…」 「じゃあずっと起動してよう。Vログ的に」 「死んでもいやだ」  脚を開かせて、シアバターをたっぷりすくった人差し指を奥のすぼみにゆっくり侵入させた。 「ん……」 「痛い?」 「痛く、ない」  二回目とはいえ、まだ恐る恐るだ。でもどこに保が反応したかは、覚えている。  そろそろと中を探りながら、特定の場所を触らないまま保の息を上げていく。すると徐々に性器が持ち上がってきた。 「あ、それ…や…」 「うん、知ってる」  反応を見ながら触る場所や強さを変え、最後は執拗に、その場所を責め立てる。抜く時に指を増やしていく。 「や、や…っ…」  もう良いかな、というころに指をすっと抜くと自分の性器を押し当てた。ちゃんと慣らしていてもやっぱり挿入には指とは比べものにならない力が加わる。 「んんっ…」 「痛かったら、すぐ言ってよ」 「だ、大丈、夫…」 「本当? 我慢してない?」  挿入される違和感は、匡樹にはわからないので保の表情から推測するしかない。少しやっぱり辛そうに見えた。 「喜久川さんがするなら、大丈夫…」  めちゃくちゃなキスで唇を塞いだ。そんなことを言われたら、必死でつなぎ止めていた理性が吹き飛んでしまう。保の口の中を、喉仏まで舐め尽くすように強く吸いながら、侵入を深めた。 「ん、あ、あ…」  振動に合わせて甘い声が漏れる。  目をつぶって、先ほど散々うずめた耳の後ろからまた、保の汗の匂いを嗅ぐ。声、繋がった箇所、くすぐられる鼻腔。保を全身で味わう快楽だけに身を任せた。  寄せては返しているのは他でもない自分なのに、匡樹は広大な海に深く受け止められている感覚に陥った。 「あっ…あっ…」 「保、やば、いきそ」 「まさき、…好き…っ…」  空耳だと思った一度目よりもはっきり、保はそう漏らした。  どこにも行けない頭の中のつぶやきがつい喉から出てしまったみたいな、どうしようもない声が泣きたいくらい切なくて嬉しくて、保の背中をかき集め強く抱きしめた。 「俺も。保、大好き」  それから二人で絶頂を迎えたのは、一瞬後のことだった。  
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