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8.匡樹
「明日が火曜なんて信じたくない…金曜まであと三日もあるよ」
小さいユニットバスでシャワーを交互に浴びた。
保には服を着させないでまたベッドに呼び戻し、キスの雨を降らせている。
「それ俺が言いたいよ。家も職場も、こっちのが遠いんだから。最悪喜久川さんはこっから出勤できんじゃん」
「やだよー昨日とおんなじスーツとか」
「みんなに勘ぐられるから?」
「じゃなくて夏だしさあ」
ぱさっと落ちた前髪を拾うと、寂しそうな目を見つける。そうか、保は匡樹が思うより考え込み体質だったことをさっきちゃんと知ったのだ。今後絶対に一時たりとも自分のことで不安にはさせたくない。
「やっぱ同じスーツで出勤しとこう。で、新しい恋人が出来ましたって朝一でみんなに宣言するよ」
「それは不自然すぎるから、控えなよ」
「いいよ、幸せラブラブオーラ全開で出勤してやるんだ。それよりっ」
がばっと上半身を起こして、びっくりしている保の瞳を見つめる。
「い、いきなり何?」
「もういかなる時も保の頬についたまつげは俺に取らせてよ? 誰にもそんな理由で保に触らせたくないんだから」
宣言みたいに言い切ると、呆気に取られた後、保は眉を垂らして笑った。
「喜久川さんて変な人」
初めて見る顔が可愛くて抱きしめた。そういえば保は最近、出会ったときよりも表情豊かになってきている。
「変じゃないって。恋人としての正当な要求だよ。まつげが取れたら速やかに連絡してその場で待ってて。どこでもすぐ飛んでいくから」
「はいはい」
「てゆーかまた名字に戻っちゃってる」
「だってやっぱりこっちの方が圧倒的に呼び慣れてるし」
「えー。でもしてる時にだけ匡樹って呼ばれると、可愛すぎて心臓ずきゅーんって打ち抜かれるから、やっぱこれでいっか」
「…呼ばせてるの間違いだろ。で、今日はどうするの」
「一旦このまま寝ようよ。朝方アラーム掛けて、保が遅刻しないよう起こすから。もしくは」
「もしくは?」
「いっそ寝ないでこのまま朝まで起きてる。いちゃいちゃして」
「…却下」
そっけなく背中を向けられてしまうけれど、まあいいやと思える。これから沢山の朝を二人で積み重ねられるんだから。
ぎゅっと後ろから抱きしめ、うなじに鼻を入れて呼吸すると保はくすぐったそうに肩をすぼめた。匡樹はシャンプーの残り香の中で、保自身の匂いを探す。
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