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「おかえり晃一」
妹が出て行った居間から母が顔を覗かせた。
「ただいま」
「『お母さんじゃ弱くてつまらない』って言われちゃった。明香里、あんたが帰って来るの待ってたみたいだよ」
「母さんも大変だな。夕食の準備だってあるだろうに」
母は困ったように、それでいて妙に嬉しそうに笑う。
「うん、でも、一緒に遊んであげられるのは今のうちかもしれないし……。遊ぼう遊ぼうって言ってくれる今だからこそたくさん遊んであげたいでしょ。子供の成長は速いから」
確かに、いずれ明香里も友人とおしゃれなショッピングなどをし始めるかもしれない。彼氏ができるかもしれない。一緒に遊んでやれるのもいまのうちだけか。
そう考えると、同じ画面を覗き込んでいる時間がとても貴重なものに思えてくる。
「晃一はもう『遊んでー』って言わなくなっちゃったからねぇ。懐かしいなあ、『あれやってー』『これやりたいー』ってあんなにかわいかったのに」
「かわいくなくなって申し訳ありませんでした」
「ううん。今でもあんたはかわいいよ」
「……そう」
照れるな照れるな、とにやにやし始めた母から逃れるように、俺は居間から離れた。
私服に着替えてから神々を自室に通す。紫苑は手に持っていた脱いだ革靴を定位置の古新聞に置いた。チサにもサンダルを置くように促す。
「晃一さん、チサ様にはどちらに座っていただきましょうか」
「クッション足りるかな」
「わたくしは床で構いません」
「そういうわけにはいかない。客人だからな」
俺はベッドの上からクッションを引っ張って来て床に置く。その際、引っ掛かってしまったらしくトリケラトプスのぬいぐるみが転がり落ちた。ぬいぐるみを拾い上げた紫苑がそのままベッドに腰を下ろす。では、俺はチサの向かいに座ることにしよう。
もう一つクッションを引っ張り出す。
「チサ様、座って」
「ではお言葉に甘えて……」
「改めて、あんたの話聞かせてもらおうか」
「覡様……朝日様は、ご家族と仲がよろしいのですね」
チサは寂しそうに言った。膝に載せられた手がワンピースを軽く掴んでいる。
「わたくしは家族を探しています。いなくなってしまった家族のことを。……血の繋がりはありませんでした。けれど、家族のように大切な人だったんです」
俺は一旦立ち上がって机からメモ帳とシャープペンを手に取った。後からでも確認できるようにしっかりとメモをしておくべきだろう。座り直し、チサに詳細を訊ねる。
探しているということは、その人が今現在どこにいるのかを彼女は知らない。探すのならば、俺はその人がどのような人なのかを知る必要がある。
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