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青い瞳が小さく震えていた。
「わたくしはシャチに紛れて海で暮らしていました。シャチ達や人々の暮らしを近くで感じることも己の役に立つと考え、選んだ道です」
「……晃一さん。晃一さん、話に付いて来られていますか」
「あ。あぁ、悪い、呆けているように見えたか」
「話を聞くよりも考えることに意識を向けているように感じられたので」
「……俺はあまり神様に詳しくない。知らないのであれば学習すればいいと思っているから教えてほしいのだが、レプンカムイというのは?」
チサはしばしきょとんとした後、「あっ」と声を上げた。
「説明不足でしたね。つい自分のことばかりを語ってしまって、主のことが抜けていました。レプンカムイとは海を司る神です。沖の神、レプンカムイ。人々の前に現れる時にはシャチの姿をとります」
「海の神様なんだな。分かった。話を続けてくれ」
「はい。ある日のことです。不慮の事故が起こりました」
曰く、それは酷く海の荒れていた日であったという。荒波に揉まれるシャチの群れに、どこからか漂流してきた人工物の破片が飛び込んできた。おそらく家屋、もしくは船の一部と思われるそれはチサの目の前に迫りつつあった。
握られている手が震え、ワンピースの皺が深くなる。
「彼はわたくしを庇ってくれました。そうしてそのまま、傷を負った彼は波に流されて行ってしまって……。どこへ流れ着いたのか。天気が良くなってから仲間達と探し回りましたが、全く見付からず」
「その行方不明のシャチを探してほしいと?」
チサは頷く。真っ直ぐに俺を見つめる視線はとても鋭く、海のハンターたる力強さを感じさせた。
広大な海からシャチを探すなど、シャチに無理だったことが人間にできるとは思えない。レプンカムイの眷属であるチサの手助けをすること自体は俺の仕事なのだ。しかし、シャチ探しという内容に対して神を導く神通力をどのように使えというのか。そもそも意図して使える物ではないので使い方は分からないのだが。
俺が沈黙していると、トリケラトプスのぬいぐるみを膝に載せたままの紫苑が口を開いた。
「チサ様、その事故が起こったのはいつのことなのですか」
その質問に対し、チサは正直に答えた。その答えにおかしいところなど全くないのだという自信をたっぷり込めて。
「六十年ほど前になります」
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