参 休業日

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参 休業日

 公園の水飲み場の蛇口をひねる。手洗い用の蛇口からはちょろちょろと弱々しい水が吐き出された。 「これで少しは体を冷やせそうか」  水に打たれながら、カラスは力なく返事をする。  倒れ込んだ紫苑のためにチサが自動販売機でスポーツドリンクを買ってきてくれたが、それを飲むことすらままならない状態だったため強硬手段を取ることにした。夕立の姿であれば水をかけて全身を冷やすことができるだろう。子供達の視線がやや気になるが仕方ない。  俺は蛇口をさらにひねって水量を増やす。滝行をしているかのように夕立は水にもみくちゃにされているが、冷やせるだけ冷やしてしまった方がいい。これで神の扱いが雑だなんだと文句を言われるようなことはないだろう。こうしなければ命に関わるのだから、正しい判断のはずである。  カラスを冷やしているのかと問うてきた子供に対し、手を洗おうとしたら場所を奪われたのだと答え、怪しい者ではないとアピールをしておく。 「晴鴉希命(はるあけのみこと)様、少し落ち着かれたようですね」 「動けるようになったら今日はこのまま帰そうと思う。あんたも熱中症には気を付けろよ」  スポーツドリンクのペットボトルを手に夕立のことを俺の後ろから覗き込んでいたチサは、涼しげな空気を周囲に帯びながら目を細めた。おっとりやおしとやかといった表現の似合いそうな彼女だが、今の笑みからは妖艶さが滲み出ていた。  右手に持っていたペットボトルを左手に持ち替え、空いた右手を俺に向けて伸ばす。青いマニキュアで彩られた爪を備えた指がそっと俺の首筋を撫でた。 「ひんやりしているな」 「『うひゃあ冷たい』と驚かれるかと思ったのですが」 「リアクションが薄く感情の起伏が乏しいとよく言われる」  チサの手は冷水を纏っているかのようなほどよい冷たさを感じさせた。 「今は人の姿をとっていますが、こちら側ではあくまでシャチです。暑さには強くないので、水に浸かっていなければ体力を消耗してしまいます。なのでこうして体に水分を纏っているのです」 「こちら側ということは、神様……カムイの世界では陸上にいても平気なんだな」 「はい、そうですね。カムイモシリではシャチの体ではありませんので」  空気中の水分を身に纏い、それを常に冷却し続けていることに随分と神力を費やしているようだが、体力を持っていかれるよりは負担はないそうである。  冷たさをアピールしたいのか、チサはさわさわと俺の首筋を指でなぞる。 「相手を冷やすことはできるのか」 「残念ながら、こうして冷たさを伝えることしかできません。冷やすとなると厳しいですね。なので晴鴉希命(はるあけのみこと)様の介抱はできないのです、申し訳ありません」 「そうか」  水飲み場の水を止め、夕立を抱き上げる。タオルを使えばよかったと思ったが時すでに遅し、俺のワイシャツは見事にびしょ濡れになってしまった。しばらく若干の不快感を覚えることになるが、この炎天下ならばすぐに乾くだろう。
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