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伍 彼女が見付けた光
夏期講習の全日程を終え、俺達はチサを連れて市立博物館を訪れた。コンビニに置かれていたチラシはあまり減っていなかったが、思っていたよりも人の出入りがあるようだ。夏休みだからか、親子連れの姿も見える。
動物さんを見るんだ。と元気よく言う男の子が父親らしき男性の手を引いて走っている。
俺は改めてチラシを確認する。海に関する企画展示。ここに何かヒントがあればいいのだが。
「意外と人がいるのですね。海に関心を持つ人の子がいることは喜ばしい限りです」
チサの右耳にはシャチを模したイヤリングが光っている。今の彼女は人の目に映る状態のため、入館料が必要となる。
「高校生一人と……大人一人です」
人の目に映らない紫苑の分は不要である。二枚のチケットを手に、展示スペースへと向かう。
星影市は海に面していない。車や汽車にしばらく揺られていれば海に辿り着くことはできるが、俺はあまり意図して海辺に行ったことはない。家族で海水浴に行った回数も片手で数えられる程度である。
とはいえ、行ったことがあまりないから興味がないというわけではない。深く知らないことは知ることのできる機会に知るべきである。こういうことを言っていると、また栄斗と美幸にガリ勉だなんだと言われそうだな。
小さな女の子がアザラシの模型を見て喜んでいる。その隣で紫苑も興味深そうに模型を見ていた。子供のようにはしゃいでいること自体は特に問題ないので、このままにしておこう。何かあれば呼べばいいのだから。俺が呼べば、この神様は応えてくれる。
「チサ様と見て回って来るから、おまえはゆっくり見たいところを見てていいぞ」
「はい、ではそのように……。え? よろしいのですか?」
「色々見たそうだから、自由に見てていいよ。その代わり呼んだらすぐ来てくれ」
「はい。すぐに貴方の元に馳せ参じましょう」
楽しそうに翼を揺らし、紫苑は弾む足取りで子供の集まっているところに歩いて行った。
「朝日様はお優しいですね」
「神様に優しくしておけばそのうちいいことが起こりそうだよな」
「あら、でもそれは本心ではないでしょう? 朝日様が晴鴉希命様を大切に思っていらっしゃるのが伝わってきますよ」
「大切……。大切にしているように見えるのか」
俺が問うと、チサは小さく頷いた。女神という言葉がふさわしい慈愛に満ちた笑みを浮かべながら、右耳のイヤリングを指先で弄る。
「先日晴鴉希命様が体調を崩された時も、朝日様は彼を助けようと頑張っていらっしゃいました」
俺はあいつのことを大切に思っているのだろうか。共に歩もうという話はしたが、俺達の関係性は何なのだろう。
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