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海まで来たのはいいものの、この先何をすればいいのか全く分からない。何かしらの助言をしてくれるだろうかと期待を込めて紫苑を見ると、漆黒の神様は波打ち際にいるカモメににこやかに手を振っていた。その姿はさながらファンサービスをするアイドルである。
砂浜を歩けば嫌でも足跡が残るため、紫苑は烏天狗の面を斜めに被って姿を現している。その結果、鳥にファンサービスをする謎のお面野郎が誕生した。明らかに不審者なのだが、誰もいないのに足跡があるなどという怪奇現象を発生させるよりはマシである。
「大切な存在だったシャチがどこに流れて行ったのか分からない。何年も探し回っていた。それが分かれば、あんたは満足できそうか」
「はい。わたくしは彼に……今はもういない彼に、一言お礼を言いたいのです。朝日様、貴方はわたくしをその場所へ導いてくださいますか?」
「善処する。でも、翡翠の神通力は意図して使える物じゃない。何かきっかけがあればいいんだが……」
何がきっかけになるのだろう。助けたい、力になりたい。その気持ちは持っている。しかし、そう思うだけでは不十分なのだ。十分だということにしてほしいが、そうならないのが現実である。
「わたくし……。わたくし、彼に『ごめんなさい』も伝えないと……」
「ごめんなさい?」
チサは風に弄ばれている髪を押さえた。日差しを受けて煌めく海面と相まって、銀色の髪は一層美しく輝いている。
「探して、探して、探し続けて……。探すことが目的になってしまった。大切な人が云々と朝日様に偉そうに講釈を垂れていたのに、自分は大切な人に伝えたかったことを忘れていました。忘れていてごめんなさいと、彼に伝えないといけません」
「何年も経てば忘れることだってあるだろう。思い出せたんだし、そんなに気に病まなくていいんじゃないか」
「でも……。わたくしはレプンカムイの眷属です。わたくしの神生においてはほんの僅かな時間だったはずなのです。その程度の時間で忘れてしまうなんて……」
屈み込んでカモメと戯れていた紫苑が立ち上がった。
「貴女が謝りたいと思うのであれば謝ったほうがいいでしょう。しかし、晃一さんの言うように気に病むことはありませんよ。むしろ喜ぶべきことだと、私は思います」
「え? 喜ぶ……?」
困惑した様子のチサに、紫苑は優しく微笑みかけた。この男はもう少し己の顔の良さを自覚すべきだ。長い神生の中でどれだけの相手を惑わして来たのだろう。種族や性別を問わずに、数多の者達を勘違いさせて来たに違いない。自分が面食いではなくてよかったと思う日が来るとは、こいつに出会うまでは思ってもいなかった。
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