陸 渚に鳴く歌

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 チサは銀色の髪に指を絡ませている。そして、風に遊ばれる髪が指から離れると同時に、青い瞳で俺のことを射抜いた。人ならざる者の目だった。畏れるべき存在の目である。  反射的に後退ってしまった俺は、砂浜に足を取られて見事に転んだ。尻餅を着いて見上げる俺のことを、チサはぎらぎらとした光を揺らす青で見下ろしていた。柔和な雰囲気から一変して荘厳な雰囲気を纏う姿は神様然としていて恐ろしくも美しいものである。しかし、突然様子が変わると驚いてしまうのでワンクッション入れてほしいところだ。 「晃一さんっ、大丈夫ですか」 「あぁ、少し驚いただけだ」  あわあわ、という慌てた様子を指す表現はこのような状態を言うのだろう。今の紫苑はあわあわしている。俺のことを心配しているようだが、おまえよりも俺の方がまだ冷静だよ。  チサは砂浜に片膝を着き、俺と目の高さを合わせた。裾の捲れたワンピースから白い脚が見える。 「朝日晃一様」 「お、おう……」 「わたくしは、彼のいた場所へ行って感謝を伝えたいのです。望むのは、ただそれだけです。彼が最期に歌った場所へ、わたくしを導いてください」  お願いをされている、というよりも命じられているような状態だった。チサの威圧感に、俺は息を呑む。  彼女が望むのは「彼」の痕跡を探すことのみ。それが、レプンカムイの眷属であるシャチの女神が翡翠の覡に託した願い。それが、俺への依頼。  俺の迷いも、チサの迷いも、今この時を以て一つの依頼に集束した。彼女がそれを願うのならば、俺には彼女を導く使命がある。おまえは翡翠の覡なのだ、と言われてからまだまだ日は浅いし、使命感なんてものは芽生えているのかどうか分からないレベルだ。それでも、俺はやらなければならない。否、やるのだ。  俺は、彼女の力になってやりたい。 「あんたは辿り着ける。きっと辿り着けるよ、彼のいた場所に。そして家族のいた場所にだって、きっと」  視界が一瞬、緑に染まった。翡翠色の光が周囲に散る。  海だ。  そこは、海の底だった。  岩の割れ目に青光りする艶やかな石がはめ込まれている。そして、歌が聞こえた。人間の言葉ではない、不思議な音で紡がれる歌。  大きな金属片が近くに落ちている。文字のような、模様のようなものが描かれているが判別することはできない。  冷たい海の底に、美しい青い石とひしゃげた金属。悲し気に響く、誰かの歌……。 「晃一さん、晃一さんっ」  紫苑に肩を揺すられ、俺は現実に引き戻された。 「あ……」 「晃一さん、しっかりしてください。……私のこと、分かりますか」 「紫苑……」 「あぁ、よかった。突然動かなくなって、呼んでも反応がなくて……」 「夢を見た、気がする」 「夢?」  白昼夢、と称していいのだろうか。眠ってなどいないのに、別の場所の景色が見えた。微かに肉体と精神に疲労を感じる。
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