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紫苑とチサが心配そうにこちらを見ていた。
「たぶん、翡翠の神通力が発動したんだと思う。海の底が見えた……。大岩の割れ目に青い石が挟まっていて、きらきら光っていた。近くに金属の破片……いや、破片と言うには少し大きかったかもしれないな……」
「それは、千里眼のようなものではないでしょうか……? 翡翠の力が何を起こすのかは、その時々によって異なります。千里眼めいたものが働いてもおかしくはないかと」
「なるほど。あと、歌が聞こえたんだ。人の声ではなかった。動物の鳴き声だと思うけど、あれは確かに歌だった」
砂を巻き上げる勢いでチサが俺との距離を詰めた。尻餅を着いた姿勢からほとんど動いていない俺に覆い被さるようにして、ぐっと顔を近付ける。銀色の髪と青い瞳に彩られ、ほんのり桜色を帯びた白く美しい顔が眼前に迫って来た。
「歌っ……! 歌……。朝日様、それはこのような歌でしたか」
艶やかな唇が開かれ、人間には発声できないであろう音が放たれた。きゅいきゅい、だろうか。きゅうきゅう、かもしれない。
チサの口から紡がれる音は動物の鳴き声であると同時に、綺麗な歌だった。海底の映像と共に頭に流れ込んで来た歌と非常に似ている。
「そうか、この歌……。シャチの鳴き声……」
「シャチは群れごとに特別な歌を持っています。これは、わたくしのいた家族が歌い繋いで来た歌です」
「それじゃあ……」
「はい。きっと、貴方が見たのは彼の心の残滓。貴方の見た場所に、彼は行き着いたのです。見付けてくれたのですね、彼は……。青く光る石を……」
チサは涙を拭う。
「ありがとうございます、朝日様。手掛かりがあればいずれ見付けられるでしょう。わたくしは、青い石を探しに行きます」
「歌を辿れば、家族の子孫にも会えそうだな」
「はい」
「これで、いいのかな……。チサ様、俺はあんたを導けたんだろうか」
目印らしきものが見えた。しかし、俺の見たものが本当に「彼」と関わりのあるものであると証明する手段はない。俺がチサに示すことができたのは「彼」の痕跡がある場所ではなく、「彼」の痕跡があるかもしれない場所の手掛かりに過ぎない。
チサは俺の手を取り、「ありがとう、ありがとう」と繰り返して泣いた。
「十分です。手掛かりを見付けてくれて、ありがとうございました。わたくし、必ず辿り着いてみせますね」
「そうか。それなら、よかった……」
視界がぐるりと回った。力を使った反動で、俺は意識を手放した。
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