壱 とある夏の日の話

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 三コマ分の講習を終え、帰路に着く。 「晃一(こういち)ぃ、一緒に帰ろうぜー」  リュックを背負って教室を出ようとしたところで腐れ縁幼馴染み一号に呼び止められた。 「悪い、今日はちょっと寄るところがある」 「おっ、寄り道か? 珍しいな」 「栄斗(はると)」 「んー、何?」 「美幸(みゆき)は一緒じゃないのか」  腐れ縁幼馴染み二号について訊ねると、栄斗は廊下の方をちらりと見た。 「なんか部活の人と話すことがあるとかなんとかかんとか」 「ふーん」 「そういうわけで俺は一人で帰宅します!」 「あぁ、また明日な」 「そんじゃ」  ひらりと手を振り、栄斗は教室を出て行った。廊下の向こうへ消えていく幼馴染みを見送り、改めて教室を後にしようとした俺は再び背後から呼び止められる。 「待って待って朝日君!」 「日和(ひより)」  腐れ縁幼馴染み二号である美幸の親友はすなわち俺の友人でもある。  日和は茶封筒を手にしていた。既に何回か使用された物らしく、所々に皺が見受けられる。 「朝とか、休み時間に渡せればよかったんだけど」 「おまえ確かずっと今日の英語の予習してたな」 「今日の範囲結構難しくて、英和辞典とにらめっこだよう……。それで渡すのが遅れちゃったんだけど、はいこれ」 「なんだこれ」  封筒を受け取り、逆さにする。左手の上に出てきたのは一枚の写真だった。水色の花を一輪咥えたカラスがウッドデッキの柵に留まっている。  日和はにんまりと笑いながら写真と俺を交互に見た。 「上手く撮れたから朝日君にもあげようと思って」 「どうして俺に」 「いやぁ、朝日君がとってもとっても夕立のことが気になっているようだから恵んであげようと思ってね」 「別にそんなんじゃ……」 「あたしも写真の腕が上がりましたな! わはは!」  教室内でそういう笑い方をするのは避けた方がいいのではないか。仮にもクラスのマドンナだとかいう称号を与えられているのだから、マドンナに幻想を抱いている奴らの夢を壊してはかわいそうだ。  日和本人はマドンナだなんだというのをどう思っているのだろうか。確かに綺麗めな印象を受ける顔立ちだが、内面はかなり子供っぽいところがある。マドンナだからといってお高く留まるような奴ではないのは確かだ。  俺が写真を封筒にしまったのを確認すると、日和は「またいい写真が撮れたらあげるよ」と言って席に戻って行った。筆記用具をリュックにしまっている。  折角もらったのだからありがたく受け取ろう。格好良く写っていると見せてやればあいつもきっと喜ぶはずだ。  封筒をクリアファイルに挟んでリュックにしまい、俺は教室を後にした。下校する生徒の流れに乗って玄関まで行き、靴を履き替えて外に出る。校門に留まっていたカラスが俺を見て一声鳴いた。 「かあ」  大きく伸びやかな鳴き声だ。たっぷり居眠りして元気いっぱいのようだな。 「晃一さん、本日もお疲れ様です」  カラスは俺の後を追って飛び、数メートル程進んだところで俺の右側に着地をして歩き出した。聞こえてくるのは鳥の脚が小さな爪でアスファルトを蹴る音ではない。上質な革靴がしっかりとアスファルトを踏みしめる音である。
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