壱 とある夏の日の話

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 落とし物を探す人を装いつつ、俺は身を屈めて紫苑に軽く触れる。汗ばんだ額からは常より高い熱が感じられた。 「朝日様」 「悪い、チサ様。今日は動けそうにない」 「晴鴉希命(はるあけのみこと)様は、どのような」 「人以外の動物も熱中症になるという話は聞いたことがあるが、神様も熱中症になるものなのか」 「なる方もいれば、ならない方もいるかと」  炎天下でずっと電線の上にいたからだろうか。疲れも溜まっていたのかもしれない。 「朝日様、お金を貸していただくことはできますか。あちらの自動販売機に水があるか見て来ますから」 「こっちのトラブルだ、依頼神(いらいにん)のあんたにそんなことさせるわけにはいかない。俺が」 「貴方は彼の傍にいてあげてください」 「……じゃあ、頼む」  財布から小銭を出して渡すと、チサは自動販売機の方へ歩いて行った。優しい女神様だ。相手のことを心配して気にしつつも、常に落ち着いている。  俺達はチサのことを待たせて、待たせて、待たせ続けている。「役に立たぬ神と人の子だ」と言ってくれたって構わないのに、彼女は「そちらのペースもあるでしょう」と柔らかく言うだけだ。その状況でこんなトラブルが起こるなど誰が予想しただろうか。  迷惑をかけている分、しっかりと依頼を果たさなければ。
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